第79話「襲われないよう注意しろ」
「な、何、その物言いたそうな顔は……?」
無言で見つめると、美咲は怯えるように俺の顔を見上げてきた。
俺が言いたいことはわからないでも、俺が文句言いたげだというのはわかるらしい。
「泊まるのか?」
引っかかった部分はそこだ。
美咲はシレッと言っていたが、普通に考えて彼氏と二人きりになろうとしている場所で、泊まる発言はまずいと思う。
まぁ、この子の天然具合を考えれば――。
「だ、だって、あまり遅くに帰ると疑われるもん……! それなら、最初から泊まるって言ってれば安心でしょ……!?」
やはり、恋愛的意味はないらしい。
このド天然、今までよく押し倒されなかったな。
「……まぁいいんだけどさ」
「それ絶対いいって思ってない反応だよね!? 何、思うところがあるなら言ってよ……!」
美咲はグイグイと俺の服の袖を引っ張ってくる。
勘がいいのか悪いのか、よくわからない子だ。
「誤って俺に襲われないよう、気を付けろ」
「どんな忠告!?」
仕方がない、詳しく言うと絶対テンパるだろうから言えないんだ。
そして、俺が今後勘違いして手を出さないとも限らない。
なんせ、ベタベタと甘えてくる上に、先程から勘違いさせるようなことばかり言っているのだから。
そういう意味での忠告だった。
「ここで話していると目立つし、とりあえず笹川先生のマンションに行こう」
ただでさえ美咲は目を惹く存在だというのに、先程から騒いでいるせいでチラチラとこちらを見ている人たちがいる。
いくら田舎で人が少ないとはいえ、変な誤解を生んだり噂をされたりしかねないだろう。
ましてや、この子はここら辺では有名な可能性があり、そうなれば親の耳に入るのも時間の問題だ。
「うぅ……そうやってすぐ誤魔化す……」
「甘える時間が減ってもいいなら、俺はここで話していてもかまわないが?」
不満そうに見てきた美咲に対し、笑顔で首を傾げてみた。
すると――。
「は、早く、マンションに行こ……?」
美咲は俺の指に自分の指を絡めて、しおらしい態度で見上げてきた。
文句よりも甘える時間のほうが大切らしい。
こういうところは素直なんだよな。
「――セキュリティってちゃんとしてるのか?」
歩きながら、気になったことを尋ねてみる。
一人暮らしの女性ならしっかりしているところを選ぶだろうけど、元々旦那さんと暮らしていたというので必要最低限なところを借りていても不思議じゃない。
そうなれば、さすがに美咲を一人で泊まらせるようなことはしたくなかった。
……当然、このまま実家のほうへと連れて行くことになるが。
「うん、しっかりとしてるところを借りてるよ。旦那さんは心配性だったみたいだから」
俺の質問に対し、美咲は笑顔で頷いた。
多分それは、心配性というよりも笹川先生が魅力すぎるのが問題なのだけど、本人たちにはわからないんだろう。
あの人は美咲ほど天然じゃないとは思うけど、のんびりとしているところがあるし。
まぁとりあえず、セキュリティがしっかりしているのなら、美咲一人で泊まらせても安心か。
「そっか、よかった。笹川先生には、一応泊まる旨は伝えておいたほうがいいんじゃないか?」
親には先程電話していたが、笹川先生には連絡しているようになかった。
だから突いてみたのだけど――。
「うぅん、しない。絶対からかわれるもん」
美咲はしたくないらしい。
そりゃあ、笹川先生がいないのにわざわざ泊まるとなると、不自然に思われるだろう。
察しがいい人なので、俺が関わっていることがすぐバレるというのもわかる。
「でも、親御さんと連絡をとられたらまずいんじゃないか?」
「そうなった時は、お姉ちゃん察しがいいからすぐ話を合わせてくれるよ。まぁ、そうなったら……根掘り葉掘り、お姉ちゃんには聞かれるだろうけど……」
なるほど、その時がくれば仕方がないけど、それまでは自らからかわれるようなことはしたくないというわけだ。
美咲が面倒を被ることになるので、彼女の意思を尊重するが――個人的には話しておいたほうがいいと思う。
笹川先生が借りているところを貸してもらうわけだし。
「勝手に入って怒られたりしないのか?」
「ふふ、大丈夫だよ。お姉ちゃんのお部屋に入らない限り」
笹川先生の部屋か。
正直言えば、俺も年頃の男なので興味はあるんだが――いろんな意味で危険そうなので、当然入ったりはしない。
美咲が満足したら、おとなしく帰るだけだ。
俺はそんなことを考えながら、美咲と一緒に夜道を歩くのだった。