第78話「責任を取って」
やっぱりこの子、ずるいと思う。
そういう場があるということだけこちらに伝えて、俺から誘うようにしたいようだ。
「みさ――」
「~~~~~っ! や、やっぱり、なし! 今のなし……!」
名前を呼ぼうとすると、美咲は勢い良く俺から離れてしまった。
そして、両手で顔を押さえながら、ブンブンと横に振っている。
らしくないと思ったけど、やっぱり無理をしていたようだ。
「付き合い始めたからって、別に無理しなくていいんだぞ?」
まじめな美咲は、それらしいことをしないといけないと思ったのかもしれない。
だけど、実際は自分たちのペースでいいのだ。
そりゃあ、付き合ったその日でやるって男女もいるだろうけど、さすがにそう多くはないと思う。
ましてや、初めてなら尚更だ。
「無理、は……してないけど……。来斗君と、離れたくないってのは……本当だし……」
美咲は真っ赤に染めた顔のまま、両手の人差し指を合わせてモジモジとする。
んん……?
この反応は……。
「離れたくないから、お姉さんの家でもう少し一緒にいようってことか?」
「えっ、そうだけど……?」
俺の質問に対し、美咲はキョトンッと小首を傾げる。
この、天然は……!
あんな言い方されたら、普通勘違いしてしまうだろうが……!
俺は文句を言いたくなる気持ちが心の底から湧き上がってくるが、本人がわかっていないのでグッと我慢をした。
これが素なのが、尚のことタチが悪い。
「じゃあ、なんで悶えたんだよ……?」
あれが、そういう誘いじゃないんだったら、恥ずかしがる必要もないと思うが。
「だ、だって、あんな甘えるようにおねだりするの、恥ずかしかったんだもん……! 私のキャラじゃないし……!」
美咲は胸の前で両手をグッと握り、一生懸命アピールをしてくる。
うん、この子は何を言っているんだ?
散々甘えてきていて、今更過ぎるんだが……?
「安心してくれ、少なくとも甘えん坊は美咲のキャラだ」
「はうっ!?」
現実を突きつけてやると、美咲は苦しそうな声を出した。
やっぱり、自覚はしていたらしい。
照れ隠しで誤魔化そうとしていただけだろう。
それはそうと、やはり先程撤回した際に悶えていたのが気になる。
甘えん坊の自覚があるなら、結局甘えてきているのだから同じだと思うが……。
単純に、今までは半ば無意識で甘えていたけれど、さっきのは意識して甘えたから恥ずかしかったとか、そういうレベルだろうか?
甘えん坊のことは、後で我に返って思い出した時にでも十分自覚するだろうから、本人が甘えてきている時は無意識でも不思議ではない。
「お、おかしいんだよ……? だって私、昔はこんな感じじゃなかったもん……」
なぜか無駄な抵抗を始める美咲。
確かに学校で知っていた彼女は、こんな甘えん坊な姿は見せていなかった。
むしろ凛としたところがあったり、優しくて上品さが伺えたりするような、人を惹きつける性格だっただろう。
しかし――偽カップルになってからは、割と最初の頃からベタベタしていた気がするんだが……?
「来斗君が、私をこんな甘えん坊にしたんだよ……。絶対そうだもん……」
「つまり?」
「責任、取ってください……」
美咲は恥ずかしそうにしながらも、上目遣いでこちらに訴えてくる。
ふむ……?
「彼氏になったんだから、責任は取ってるんじゃないか?」
少なくとも、甘えん坊になった美咲を甘やかす立場にはなったと思う。
――元々そうだった、ということは置いておいて。
「離れたくない気持ちも、汲んでください……」
どうやら今の美咲は、ただ甘やかすだけでは駄目らしい。
なるべく長く一緒にいろ、ということなのだろう。
「じゃあ、撤回しなければよかったのに」
少なくとも、美咲が望むなら少しの間マンションで一緒にいるくらいはできた。
それを撤回したのは、美咲だ。
「そ、そういう正論は、やめてほしいです……!」
ツッコミを入れたことで、美咲は慌てたように文句を言ってくる。
図星だったようだ。
「とりあえず、まだ一緒に居たいってことでいいのか?」
俺は笑みがこぼれるのを我慢しながら、首を傾げて美咲を見つめる。
回りくどく責任がなんたらと言っているが、彼女が望んでいるのはそこだろう。
「それは、さっきも言いました……」
美咲はモジモジと体を揺すりながら、視線を斜め下へと逃がしてしまう。
もう言わすな、ということのようだ。
「じゃあ、笹川先生のマンションへ行くか?」
だから俺は尋ね方を変える。
すると――。
「来斗君が、いいなら……」
美咲は、ギュッと俺の服の袖を指で摘まんできた。
言葉では俺の意思を優先しているようなことを言いながらも、体が放す気がないと言っている。
本当に、めんどくさい女の子だ。
だけど、そこがまたかわいいと思ってしまう。
「母さんに連絡しとくよ」
そのままを言うわけにはいかないけど、美咲のところにお邪魔してくるという旨を伝えておこう。
さすがにこの時間なら相手の親御さんも家にいると思って、邪推はされないはずだ。
「あっ、私もお母さんたちに連絡しておくね。お姉ちゃんのところに泊まるって」
「…………」