第75話「いちゃつきたい二人」
「――本当に、送ってくれるの……?」
晩御飯も家で食べた後、外へ出ると美咲が申し訳なさそうに上目遣いで尋ねてきた。
「さすがに夜道を一人で帰らせるわけにはいかないからな」
美咲は全校生徒が認めるほどの美少女なのだ。
ストーカーがいる可能性だってあるし、知らない人間から襲われる可能性だってある。
こういう暗くなってからは、ちゃんと家まで送り届けたほうがいいだろう。
「いいのよ、遠慮なく来斗に送ってもらいなさい」
美咲と話していると、寝ている心愛を抱えて母さんが出てきた。
先程美咲と二人きりで話していたから、俺たちが本当に付き合い始めたことは知っているんだろう。
「ですが、来斗君のご迷惑に……」
「私が車で送れば済む話なのに、わざわざ電車で送り届けようとしてるってことは、来斗もまだ一緒に居たいってことよ」
申し訳なさそうにしている美咲に対して、母さんが笑顔で余計なことを言う。
わざわざ言わなくてもいいのに。
「そうなの……?」
今度は、期待したように美咲が上目遣いで見つめてくる。
母親の前でこういうやりとりをするのは、恥ずかしいんだが……。
「付き合ったばかりなんだ、当たり前だろ?」
母さんに聞かれたくなかった俺は、美咲の耳元へ口を近付けてソッと囁いた。
「ひぅっ!?」
耳元で喋ったせいでくすぐったかったのか、美咲は変な声をあげてビクッと体を震わせる。
やめてくれ、変な反応をされると母さんに誤解される。
「ほらほら、電車の時間もあるんだから早く送ってあげなさい」
美咲の反応に心臓を掴まれた気分になっていると、母さんが呆れたように声をかけてきた。
電車は三十分に一本しかこないので、それを逃さないことを優先してくれたようだ。
「わかった、もう行くよ」
俺は母さんに返事をして、美咲へと視線を戻す。
「行こう」
「あっ……」
彼女の指にソッと自分の指を絡めて恋人繋ぎをすると、美咲は嬉しそうに声を漏らした。
そして、甘えたそうに俺の顔を見上げてくるのだけど――母さんのことを思い出したのか、ハッとした表情を浮かべ、慌てて母さんへと向き直る。
「今日は本当に、いろいろとありがとうございました……!」
「いいのよ、美咲ちゃんが素直な子だったから、うまくいったわけだしね」
美咲が頭を下げると、母さんは優しい笑顔を返した。
やはり、既に新しい関係のことは話しているようだ。
あの時、母さんが美咲にどういうふうに言ったのかは知らないけど、美咲が素直でなければ俺との関係を改めようとはしなかっただろう。
母さんの言う通り、美咲が素直だったおかげで、今の俺たちがある。
「ありがとうございます……! それでは、失礼致します……!」
「美咲ちゃん、またいつでも来てね。来斗は、送り狼になるんじゃないわよ~?」
「「――っ!?」」
母さんのとんでもない発言に、俺と美咲の息を呑む音が重なった。
「するわけないでしょ……!」
「あはは」
すぐにツッコミを入れると、母さんは楽しそうに笑う。
俺がそんなことしないとわかってて言ってきた顔だ、あれは。
「お、送り狼……」
逆に美咲は、俺が本当に送り狼になると思っているのか、赤い顔でチラチラと俺の顔を見上げてくる。
なんだか期待しているように見えるのは、俺の錯覚か……?
「ほら、早く行かないと電車に乗り遅れるから」
美咲の態度が気になるものの、ここにいると母さんのおもちゃにされかねないし、何より電車に本当に乗り遅れてしまうため、俺は美咲の手を優しく引いて駅を目指すことにした。