第74話「幸せな笑顔」
「美咲?」
顔を押し付けてくるかわいい彼女を無視することはできず、俺は声をかけてみる。
もちろん、心愛の頭なでなでは継続中だ。
「大丈夫……我慢してる……」
いや、我慢出来てないんだが?
思わずそうツッコミそうになる。
美咲的には頑張って我慢しているつもりなのだろうけど、俺の腕に顔を押し付けてきているこれも、立派な甘えだと思う。
「……今日だけ、特別だよ?」
俺は心愛の体を支えていた右手を放し、心愛の頭へと移動させる。
そして、心愛の頭を撫でていた左手は、美咲の頭へと向かわせた。
美咲は俺の右手に顔を押し付けているので、左手でしか彼女の頭を撫でられなかったのだ。
「あっ……い、いいの……?」
撫でられた美咲は、俺の腕から顔を少しだけ放して、上目遣いで俺の顔を見てくる。
「まぁ、心愛は支えてなくても大丈夫だからな」
立っている時なら別だけど、今は俺の膝に座っているだけだ。
ましてや、背中でもたれてきているため、重心も安定している。
暴れるような子でもないし、無理に支える必要はないのだ。
「そっか……えへへ……」
心愛と同じように撫でられるのが好きな美咲は、今度は嬉しそうに俺の腕に顔を押し付けてくる。
どのみち、押し付けてくるようだ。
しかし、グリグリとはしてこなかった。
ただくっついていたいだけのようだ。
……これ、結構腕がしんどいな……。
「にぃに、ねぇね、なかよし……!」
慣れないことをしていて腕の負担を感じていると、心愛が嬉しそうに俺たちのほうを見上げてきた。
「そりゃあ、恋人だからね」
俺は笑顔で心愛に答える。
やっと、後ろめたさなしで言えるようになった。
思えば、偽彼氏を始めるきっかけを作ったのは、この子だったな。
本当に天使――いや、キューピッドなのかもしれない。
「そ、そうだね……」
恋人という言葉に照れたらしく、美咲は俺の腕から顔を離してはにかんだ。
その際に手で髪を耳にかけていたのだけど、何気ない仕草に目を奪われてしまう。
あぁ……学校のほとんどの男子が惚れるのも、よくわかるな……。
「ここあも、なかよし……!」
俺と美咲の輪に入りたいようで、心愛は笑顔のままクイックイッと俺の胸元を引っ張ってきた。
言葉にしなくてもわかっているだろうに、俺たちに言葉にしてほしいようだ。
「そうだね、心愛も仲良しだよ」
「うん、心愛ちゃんは、私たちの大切な妹だしね」
俺たちは二人して、笑顔で心愛の頭を優しく撫でた。
「えへへ……んっ……!」
俺たちから撫でられた心愛は、とても嬉しそうに笑いながら、元気よく頷くのだった。