第72話「お約束」
――えっ、キスするのか……?
明らかにキス待ちの顔をしている美咲を見て、俺は息を呑んでしまう。
美咲から返事をもらい、付き合い始めたと言えるのは今しがたのこと。
それなのに、もうキスをするのか……?
美咲は甘えん坊だが、貞操観念が高い子だと思っていた。
だからこそ、付き合ったばかりでキスをしようとしているのが意外なのだ。
しかし――ここで、彼女に恥をかかせるのは良くない。
「――っ」
両肩を優しく掴むと、美咲の体がビクッと震えた。
体はガチガチになるほど力が入っており、かなり緊張しているのがわかる。
無理、させているんじゃないだろうか……?
そんなことを考えていると――
「…………」
――ふと、背中側から視線を感じた。
反射的に振り向くと、小さき天使がベッドの上で体を起こし、純粋無垢な瞳でジィーッと俺たちのことを見つめていた。
……いつから、起きていたんだ……?
「心愛、起きたの?」
俺は優しい声を意識して、小さき天使に尋ねてみる。
「えっ!? 心愛ちゃん!?」
俺の体が視界を塞いでいたせいで美咲も気が付いていなかったらしく、驚いたように体を離してベッドへと視線を向ける。
そんな俺たちの視線を集めた心愛は――
「んっ……!」
――元気よく、右手を挙げた。
意識がはっきりとしているので、結構前から起きていたようだ。
普段の心愛なら起こしても中々起きないのだけど、おそらく美咲の涙声に反応して目を覚ましたんだろう。
結構大きな声を出していたし、美咲が大好きな心愛なら目を覚ましてもおかしくはない。
「ここあね、いいこにしてた……!」
心愛は、邪魔をしないようにおとなしく見ていたことをアピールしてくる。
褒めてほしいんだろう。
美咲の様子は声からわかっていただろうけど、俺のことを信頼して待っていてくれたのかもしれない。
幼くても、賢い子だからな。
とりあえず、幼い妹の前でキスなんてできるはずもなく、俺は美咲から離れて心愛に近付く。
俺が近付いたことで抱っこしてもらえると思ったんだろう。
心愛は両手を広げて、表情を輝かせながら俺の顔を見つめてきた。
「ジッとしててね」
抱っこをするつもりはなかったのだけど、求められたら断るわけにもいかず、俺は小さい体に両手を回した。
落とさないようにゆっくりと抱き上げると、ベッドに座って膝の上に心愛を乗せる。
「起きたなら、声を掛けてくれてよかったんだよ?」
というか、掛けてほしかった。
もしあのまま心愛の視線に気付かずにキスをしていたら――さすがに、穴に入りたい気分になってしまう。
ましてや、教育的にも良くない。
「ん~?」
諭す際に頭を撫でたからか、心愛は気持ちよさそうに目を細めていた。
どうやら、撫でられることに夢中になっているようだ。
これは、聞いてないな……。