第65話「…………」
「でも……嫌われる……」
美咲は涙目で首を横に振る。
どうやら、言葉だけでは駄目らしい。
「俺をもう少し信用してくれ。美咲を嫌ったりなんてしないから」
俺は優しく美咲を抱きしめる。
まさか、このタイミングで抱きしめられるなんて思っていなかったんだろう。
美咲はガチガチに体を固めてしまった。
「素っ気ない態度を取ることが多くて、不安にさせてしまったのかもしれないけど……これでも俺は、美咲のことを大切に思ってるんだ。だから、嫌ったりすることはないよ」
俺は抱きしめたまま、美咲の頭を優しく撫でる。
この発言は、偽彼氏を演じ始めた当初に、彼女が先に線引きをしたラインを超えていないはずだ。
そして、これは嘘ではない。
ここ最近ずっと一緒にいるのだから、俺にとって美咲は友達以上恋人未満という感じになっている。
そういう子が、大切じゃないはずがないのだ。
少なくとも俺は、美咲に何かあれば身を挺してでも守るつもりではいる。
「そ、そんな、また思わせぶりなことを……!」
絶望みたいに落ち込んでいた美咲は、今度は声を上ずらせてしまった。
抱きしめているから見えないけど、多分顔が赤くなっているんだろう。
思わせぶりはどっちなんだ……とは思うが、今はそんなことを話している場合でもない。
「俺は正直な気持ちを伝えただけだよ。だから、美咲の話をしてほしい」
俺ができることは、彼女が話してくれるように促し続けることだけだ。
後は、彼女が話してくれるのを待つしかない。
「本当に、嫌わない……?」
美咲は後ろに体重をかけて俺から体を離し、俺の顔を上目遣いで見つめてくる。
それでも腕の中から出ていないのは、離れたのが拒絶という意味ではないからだろう。
「嫌わないよ。約束は守るさ」
「…………」
よほど美咲は話すのが怖いようで、ジッと俺の目を見つめてくる。
嘘を言っていないか、疑っているんだろう。
まぁ逃げないだけマシだと思おう。
「――えっと……さっき、来斗君言ったよね……?」
「……どのことだ?」
恐る恐るという感じで確認をしてきた美咲には悪いのだけど、彼女を説得するためにいろいろと言ったので、どのことを指しているのかわからなかった。
すると、美咲はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「その……私が、告白はしないでって……お願いしたこと……」
「あぁ、言ったな。それがどうした?」
「…………私、そのことを忘れていました……」