第64話「絶望と信頼」
「どうしたんだ……?」
明らかに美咲の顔色が悪くなったので、心配になった俺はすぐに尋ねてみる。
何かまずいことでも言ってしまったか……?
「あっ、えっと、その……」
美咲はあからさまに目を泳がせてしまう。
それどころか、俺の腕から逃げるように距離を取ってしまった。
「美咲……?」
「そうだ、私から言ったんじゃない……。それなのに、初恋に浮かれて、今まで忘れて……勝手に恋人気分を楽しんだり、あわよくば告白してもらえたらいいなぁって思ったりしてて……。来斗君からしたら、虫が良すぎるにもほどがあるじゃない……」
俺から距離を取った美咲は、血の気が引いたように絶望した表情で、ブツブツと何やら独り言を呟いている。
俺の声なんて届いていなさそうだ。
「ど、どうしよう……。無理だよ、こんなの……。どう切り出したって、私嫌われるよ……」
美咲は思い込みが強いところがある。
俺の言葉をどう受け取ったのかはわからないけど、拒絶だと勘違いして、勝手に一人で悪い方向に思考を巡らせているのかもしれない。
そう思った俺は、美咲が逃げる前に距離を一気に詰めた。
そして、美咲の右手を左手で優しく握り、美咲の顎を右手でクイッと持ち上げて、俺の顔へと強引に向かせた。
「――っ」
それにより、美咲は息を呑んでしまう。
両目の端には涙が浮かんでおり、泣く手前だったようだ。
「何ブツブツと一人で言っているんだよ? 俺が美咲を拒絶したと思ったのか? 俺は――」
誤解なら、拗れる前に解いたほうがいい。
そう思って説明しようとしたのだけど――
「違うの……私が、最低すぎて……」
――どうやら美咲は、俺の言葉で勘違いをしたわけではないらしい。
美咲が最低って、どういうことだ……?
彼女の様子がおかしくなったのは、先程俺と話している最中だった。
その中に、美咲が最低となるようなことはなかったと思う。
何か思い出した――にしても、唐突すぎる。
それなら、何かトリガーがあったはずだけど……思い浮かぶものはない。
美咲に聞いたほうが早そうだ。
「どういうことか説明をしてくれないか?」
かなり精神的に参っているようなので、俺は優しめな声色と表情を意識しながら美咲へと尋ねる。
しかし――。
「……っ! ……っ!」
美咲は何かに怯えるように目から涙を流しながら、必死に首を左右へと振ってしまった。
どうやら、俺に話すのが怖いようだ。
自分のことを最低と言ったくらいだし、何かよほど酷いことに対する心当たりがあるんだろう。
自身の非となる部分を他人に話し難いという気持ちは、よくわかる。
でも、このままだと彼女が壊れてしまいそうで怖い。
話したくないなら――で済ませていいものではないと思うのだ。
「何を言っても、美咲のことを軽蔑したり、怒ったりなんてしないよ。俺のことを信じて話してくれ」
俺はまっすぐと美咲の目を見つめ、自分の考えを伝えた。
彼女が悪いことをしていないと信じているからこそ言える言葉でもあるが――今更何を言われようと、俺が美咲を軽蔑するようなことはないだろう。
後は美咲が信じて話してくれるのを待つしかない。