第60話「偽は、あくまで偽よ」
「えっ? えっ?」
不意打ちで喰らったのもあり、お母様の信じられない言葉に私は頭の中が空っぽになってしまう。
今、付き合っているフリって言われたの……?
「その反応を見るに、やっぱり当たりだったようね」
お母様は冷たいことを言うわけでもなく、問いただすようなことをするわけでももなく、静かにお茶をすすった。
その落ち着きようが、今の私には怖くて仕方がない。
来斗君が席を外したタイミングで呼びに来たのは、このためだったんだ……!
「い、いえ、その、私たちは本当に――!」
「言わなかったかしら? わかりきった嘘よりも、正直に答えることが必要な時もあるって」
慌てて誤魔化そうとした私を、お母様はまっすぐとした瞳で見つめてきた。
それは暗に、嘘を吐くのは許さないと言われているように感じてしまう。
実際お母様が言っていたことは、お世辞に関してのことだったはずだけど、あれはそういう意味で言ってなかったんだろう。
私に釘を刺すために、来斗君が気付かない程度に濁して言っていたんだ。
「いつ、から……?」
私はお母様の質問に答える前に、思わず聞いてしまう。
それに対してお母様は、仕方なさそうに笑みを浮かべられた。
「ほぼ最初からね」
「――っ」
甘く見ていた。
この人は、来斗君のお母様なんだ。
勘が鋭くても不思議じゃない。
それなのに、私は認めてもらった気でいて……単純に、泳がされていただけだった。
「心配しなくても、美咲ちゃんはよく彼女のフリができていると思うわ。えぇ――それこそ、美咲ちゃんだけを見れば本当の彼女に見えるくらいに」
そう言うお母様の目からは、全てを見透かしているように感じた。
これ……私が来斗君を好きなことまで、バレてるやつだ……。
「問題は来斗ね。こう言うのもなんだけど……あなたが来た時、来斗が嫌そうな顔をしたのよ。気付いてた?」
お母様は小首を傾げて私に聞いてくる。
それは、私にとってできれば知りたくないことだった。
「そう……だったんですか……?」
気が付かなかった。
玄関から出てきたのが来斗君ではなくてお母様だったことで、私はテンパってしまっていたから。
そっか……来斗君、私が来るの嫌だったんだ……。
心臓をギュッと手で掴まれたような感覚に襲われ、思わず目に涙が溜まりそうになる。
だけど、お母様が目の前にいるということもあり、グッと我慢をした。
「安心してね、美咲ちゃんが嫌ってことじゃないから」
私が傷ついたことを察したんだろう。
お母様は優しい笑顔を向けてきた。
「ただ、彼女が来て私に知られたって顔でもなかった。あの子の性格なら、自分の彼女が来て私にバレたとしても、仕方なさそうにするくらいで素直に話すと思うわ。それじゃあどうして、嫌そうな顔をしたのか。私に知られたくない隠し事があって、美咲ちゃんが来たことでそれがバレることを恐れたか――美咲ちゃんが来ることで、何かややこしくなる事情があるのか、のどちらかだと思わない?」
母親として来斗君を幼い頃から見てきたお母様には、来斗君の態度で何を考えているか大体わかってしまうのかもしれない。
確かに言われてみれば、他人に素っ気ない彼だけど、仕方がないことに関しては怒ったりせずに、仕方なさそうにしながら付き合ってくれる印象がある。
それなのにあからさまに嫌そうにするってことは、お母様が思われている二つの可能性が高いのかもしれないと思った。
「お母様はそれで、私が本当の彼女ではないと思われたということですか……?」
「まぁ、何か裏があるなぁとは思ったわ。特に、これはメタい発言になるけど――美咲ちゃんは、かわいすぎたから」
「えっ?」
再度予想外のことを言われ、私は思わず首を傾げてしまう。
「自分の息子を卑下する気はないけど、美咲ちゃんはかわいすぎる。アイドルとしてデビューすれば、すぐに駆け上がっていくんじゃないかって思えるくらいにね。そういう子が自分の息子と付き合っているって言っても、信じられない親は多いと思うわ。実際、美咲ちゃんって男の子たちからモテるでしょ?」
かわいすぎて、警戒をされてしまった……ということ?
確かにそれは、メタい発言だと思う。
「告白は……よくされます……。それで疑われてしまったのですね……」
なんというか、自分の境遇を恨みたくなるような出来事だ。
「そうよね~。まぁでも、本当のことを言うとそこはあまり関係ないわ」
「えっ、そうなのですか……?」
「だって、あの心愛のために必要最低限にしか他人と関わりを持とうとしない来斗が、彼女を作ったってことがそもそもおかしいんだから」
お母様は再度仕方なさそうに笑みを浮かべた。
言われてみればそうだ。
来斗君はクラスで有名なくらいに、付き合いが悪い。
彼の性格をよく知り、氷華ちゃんから来斗君の学校生活を聞いていたかもしれないお母様が、彼女を作ったと聞いて疑問を抱くのは当然だった。
彼女なんて、友達以上に妹のことを蔑ろにしかねないのに、あの心愛ちゃんを溺愛している来斗君が、作るはずがない。
「ごめん、なさい……」
もう絶対に言い逃れができないと思った私は、素直に頭を下げる。
「来斗君は、悪くないんです……。私のために、彼氏役をしてくださってて……いえ、そうしないといけない状況に、私がしてしまって……」
私は、彼と偽カップルを演じる原因となった、祭りのことから全てを話した。
お母様は何も言わず、それを黙々と聞いてくれて――私が説明を終えると、こう言ってこられた。
「私は、美咲ちゃんを責めるつもりはないし、来斗を責めるつもりもないわよ。事情が事情だしね。ただ、これだけは言っておかないと駄目だと思ったから、言うわね。偽は、あくまで偽よ。決して、本物ではないの。いつかそれは、壊れるものよ」