第58話「試験(?)」
「――あ~ん、ぱくっ。もぐもぐ……」
「おいしい?」
「んっ……!」
母さんの作ってくれたハンバーグを食べた心愛は、元気よく頷いた。
満足そうにしているので、口に合ったようだ。
「…………」
そんな俺たちの様子を、美咲はジッと見つめていた。
それにより、母さんが美咲に声をかける。
「私じゃなくて来斗が食べさせていることが、不思議?」
「えっ!? い、いえ、そんなことは……!」
図星だったのか、美咲は慌てながら一生懸命首を横に振った。
普段俺が心愛に食べさせているところは見ているはずだけど、今は母さんがいるから、思うところがあるんだろう。
「仕方がないの。心愛は来斗に食べさせてもらいたがるからね。まぁ心愛の面倒を見てきたのが来斗だから、それも仕方がないんだけど」
母さんは寂しそうに笑みを浮かべる。
本当なら、心愛につきっきりで面倒を見たいのだろう。
でも、俺や心愛を養うために母さんは働かないといけない。
一応、父さんが亡くなった時に生命保険のお金が沢山入っているそうだけど――それは俺や心愛の大学に行くためのお金にあてたり、将来必要になった時のためになるべく残すようにしているそうだ。
だから普段は、家事を俺に任せて仕事を頑張ってくれている。
それで心愛が俺に懐くのは必然でありながらも、母さんのことを可哀想だと思っていた。
俺は母さんを早く楽にしてあげたいから、大学よりも就職のほうがいいんじゃないかと考えているが……。
「ですが、心愛ちゃん……お母様にも、懐いていると思います」
美咲は心愛に視線を一旦向け、その後母さんへと視線を戻す。
「ふふ、ありがとうね。大丈夫、私もそう思っているから。だけど、やっぱり心愛は私より来斗に懐いているでしょ?」
「それは……」
母さんは優しい笑みを浮かべた後、美咲に意地悪な質問を投げる。
それに対して美咲は言葉に詰まり、困ったように俺に視線を向けてきた。
ここで正直に答えるのは気が引けるし、かといって母さん相手に嘘も吐きたくないんだろう。
鈴嶺さんをはじめとした生徒たちから嘘で逃げていた彼女は、少しずつ成長しているようだ。
だから俺は、右手の人差し指で美咲の左手の甲に円を書いた。
今俺ができる手助けは、これくらいだ。
まぁ母さんには、俺が右手に持っていた箸を左手に持ち替えた時点で、バレているだろうけど。
「……そう、ですね……お母様のおっしゃられる通りだと思います」
俺からのメッセージを受け取った美咲は、正直に母さんへと答えた。
そして、すぐに続けて口を開く。
「ですが、心愛ちゃんにとってお母様が大切ではない、ということにはならないと思います。ですから、お気になさらなくてもよろしいのではないかと……」
俺のメッセージが答えではなく、ヒントだと美咲はちゃんとわかっていたようだ。
フォローを入れるという、気遣いも見せた。
それにより、母さんはニコッと笑みを浮かべる。
「時にはわかりきったお世辞のような嘘よりも、正直に答えることが必要だと思うわ。気遣いもできて、美咲ちゃんは偉いと思う」
「そ、そうでしょうか、えへへ……」
母さんに褒められたことが嬉しかった美咲は、だらしない笑みを浮かべてしまう。
その笑顔は子供のようで、俺にはかわいく見えた。
二人の間には温かい空気が流れており、やはり相性がいいようだ。
――だけど、一つ疑問にも思う。
母さんは美咲を気に入っているはずなのに、どうしてこんな意地悪な質問をしたんだろう?
まるで美咲を試すようなことをしたのが、母さんをよく知る俺には腑に落ちなかった。