第56話「対抗心とガス抜き」
「ねぇね、ここあのいえのこになる?」
俺たちの話を聞いていて何を思ったのか、心愛が小首を傾げながら美咲に尋ねた。
話の流れ的には普通、心愛が美咲の家の子になるかどうか~という考えになるはずだけど、どうしたのだろう?
「どうしてかな?」
美咲も心愛の意図を知りたいらしく、笑顔で尋ね返した。
「ここあ、にぃにがいないとだめ……! ねぇね、ここあのいえにおいで……!」
心愛は真剣な表情で、美咲の服をグイグイと引っ張り始めた。
どうしてこの子はこんなにもかわいいんだろう?
絶対、一生甘やかす。
むしろ生涯面倒を見ていきたい。
それくらい、俺にとって心愛はかわいくて仕方がなかった。
「心愛ちゃんは、本当にお兄ちゃんのことが大好きだね」
「んっ……!」
ニコニコと楽しそうな美咲に対し、心愛は大きく頷いた。
先程まで俺に怒っていたはずなのに、素直で本当にかわいい子だ。
そんな心愛は――。
「ねぇね、せんせぇいもいっしょ……!」
また、変わったことを言い出した。
しかし、言葉足らずではあるが、さすがに今回は意図がわかる。
それは美咲も同じだったらしく、気が付けばとても微妙そうな表情を浮かべていた。
「お姉ちゃんも、連れてきてほしいのかな……?」
「んっ! ここあね、せんせぇいだぁいすきだからね、いっしょがいい……!」
心愛が笹川先生に懐いていることは、誰の目から見ても明らかだ。
美咲以上に懐いており、そのことは美咲も理解している。
だから、微妙そうな表情を無意識に浮かべてしまったんだろう。
「わ、私だけじゃ、だめなのかな……?」
美咲は引きつった笑顔で心愛に尋ねる。
すると、わかりやすく心愛の表情がシュンッと落ちた。
「……せんせぇいも、いっしょがいい……」
幼い子なのだから、どうしても正直になってしまう。
本人には悪気なんてないはずだ。
それでも、美咲にはダメージがあるだろうな。
「……お姉ちゃんに、負けないんだから……」
チラッと美咲の顔を見ると、美咲の口が小さく動いた。
何を呟いたのかは聞き取れなかったが、表情から見てもやっぱり思うところがあるようだ。
美咲には悪いけど――彼女が、笹川先生に勝つのは無理だろう。
保育園で長い間一緒に過ごして甘やかしてくれた笹川先生は、心愛にとって既にとても大きな存在になっている。
そしてこれからも、一緒にいる時間は長いだろう。
今は美咲も俺の家に長時間いるから、心愛と過ごす時間は長いけど――夏休みが終われば、それも終わることになる。
挙句、大人のお姉さんという感じの笹川先生の母性は、高校生の俺から見ても凄いのだ。
美咲も心愛に姉として見てもらっているとはいえ、幼い心愛にとっては母性のほうが大切だろう。
競わないほうが、美咲のためだとは思う。
「美咲は美咲なんだから、変に気負わないようにな。心愛も、美咲のことを姉として慕っているんだから」
明らかに美咲が意気込んでいるように見えたので、俺は美咲の頭を優しく撫でた。
それにより、美咲の肩から力が抜ける。
「こういうところが、来斗君はずるいんだよ……」
しかし、俺の行動が不満だったのか、美咲は俺から視線を逸らしてしまった。
なんで、ずるいってことになるんだ……?
美咲と心愛ちゃんをかわいいと思って頂けましたら、
評価やブックマーク登録をして頂けますと幸いです(#^^#)