第45話「プロローグ2」
「――話って、何かしら?」
来斗君たちと海に行った日の夜。
氷華ちゃんが、自分の部屋から窓越しに私を見てきた。
私たちの部屋は向かい合わせになっているので、こうして窓を挟んで話すことができるのだ。
「ごめんね、急に」
「別にいいわよ、今更。そんな前置きするくらいには、話しづらい内容ってことね?」
さすが、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染。
私のことをよくわかっている。
「来斗君のことで、聞きたいことがあるんだけど……」
今日一日のことを思い出しながら、私は意を決して彼の話を持ち出す。
氷華ちゃんが一年生の頃から彼を私に推していたのは、幼馴染だから――という理由ではないと思う。
単純な関係性だけで人を信頼するほど、氷華ちゃんは優しくないし、甘くもない。
それなのに、彼に対しては明らかに気を許している。
来斗君に対して友達以上の感情が、氷華ちゃんにはある気がした。
「まぁ……そうくると思っていたけど」
氷華ちゃんは髪を右手で耳にかけながら、溜息を吐く。
私が来斗君の話を持ち出すこともわかっていたようだ。
「氷華ちゃんは、来斗君のことが好きなの……?」
単刀直入に聞いてみる。
誤魔化しながら聞こうとしたって、頭がいい氷華ちゃんにはすぐ見破られてしまう。
それどころか、直接聞いてこないことを卑怯と思い、怒らせてしまうかもしれない。
だから、こうして直球で聞いてみた。
「どうして、そんなことを聞いてくるの?」
氷華ちゃんは私の質問に答えてくれるどころか、逆に質問をしてきた。
嘘を吐きたがらない彼女は、こうして質問をしたり別の話を振ることで、話をずらす時がある。
今回もそれにあたるかどうかはまだわからないけど、聞かれたくないことじゃないかと勘繰ってしまう。
「来斗君にベタベタしてるから……」
「彼のほうが先にした、というか――美咲が、そう促したように思うのだけど?」
「うっ……!」
痛いところを突かれ、私は息を呑んでしまう。
「た、確かに、私がムキになって仕返ししようとしたことがきっかけかもしれないけど……! でも、普通の男の子が相手なら、私が促したくらいで氷華ちゃんは触らせないでしょ……! それに、その仕返しに自分から男の子の体を触ったりなんてしないと思う……!」
絶対、激怒して警察や先生に突き出すもん!
それくらいわかってるんだから!
「私が抵抗できないように押さえたのは、誰だったかしら?」
どうやら氷華ちゃんは、自分が来斗君に仕返しをしたことには触れず、抵抗しなかった理由を私のせいにしようと考えたらしい。
「逃げようと思ったら、どうとでもできたでしょ……!」
私に捕まっていた時、氷華ちゃんの腕には全然力が入っていなかった。
本当に嫌なら本気で抵抗すればいいのに、力が入っていなかったということは、あれは見せかけでしかなかったと思う。
「はぁ……彼のことが好きかどうかって話だったわよね」
氷華ちゃんは溜息を吐きながら、勝手に話を戻した。
今のはわかる。
都合が悪くなったから、嘘は吐かずに別の話に切り替えたんだ。
だけど、私も一番聞きたいところはそこなので、下手なツッコミは入れない。
「正直に言えば――わからないわ」
「わからない……?」
嘘が嫌いな氷華ちゃんは、滅多なことがなければ嘘を吐かない。
というか、彼女が嘘を吐いたところを見た記憶がないかもしれない。
だから今回のことも、嘘ではないと思う。
「他の男子たちと違って、彼を特別扱いしているのは認めるわ」
氷華ちゃんは淡々とした様子で、来斗君を特別扱いしていることを認めた。
「それは、幼馴染だから?」
多分違うと思うけど、一応聞いてみる。
こう聞けば、違った場合は勝手に氷華ちゃんが話してくれるだろうから。
「まぁ、昔は仲良かった記憶があるけれど……正直、お母さんから名前を聞くまでは、顔を見ても気付かなかったわ。幼い頃の記憶なんてそういうものだし、昔仲がよかったからという理由で親しげに話しかけられたら、毒を吐くかもしれないわね」
やっぱり、氷華ちゃんは幼馴染という関係をあまり重視していない。
二人は高校で再会するまで会っていなかったようだし、昔から氷華ちゃんが同じ保育園だった男の子を懐かしむ様子はなかった。
離れていても気にしないほどの仲でしかなかった、ということなんだと思う。
……でも、名前を聞けば思い出すほど、氷華ちゃんの中で彼との思い出はあったようだ。
どうでもいい人なら、氷華ちゃんは名前を覚えないだろうから。
「じゃあ、どうして来斗君は特別なの?」
「彼には借りがあるの。ただそれだけよ」
「…………」
凄く、意味深な言い方。
どうしてそう含みを持たせるんだろう。
そんな言い方をされれば、私が気になるってわかるだろうに。
「その借りってのは何かな?」
「昔助けてもらったことがある、それだけよ」
そう答えてくれた氷華ちゃんは、目を細めて不機嫌さをアピールする。
それ以上聞いてくるな、と目で言っていた。
都合が悪いこと――というより、あまり思い出したくないことなんだろう。
気になるけど……氷華ちゃんとの関係は悪くしたくなかった。
「助けてもらったなら、好きになるんじゃないの……?」
「生憎、そう単純な思考回路をしていないの」
「うっ……!」
ごめんね、単純な思考回路してて!
でも仕方ないじゃん!
助けてもらったのは二回目だったし、海の時は本当に怖くて、助けに来てくれた来斗君のことが凄くかっこよく見えたんだから……!
それに彼は、普段素っ気ないのに時々優しいんだもん!
というか、二人きりの時は結構甘やかしてくれるし、普段とのギャップが凄いんだからね!
私だって落ちちゃうよ!
氷華ちゃんの言葉が胸に刺さった私は、心の中で必死に言い訳をした。
当然、声には出さない。
こんなことを言ってしまったら、本当は付き合っていないと自白するようなものだから。
「じゃあ、どうしてわからないってことになるの……?」
好きになっていないなら、そう言ってしまえばいいのに。
ましてや、私は一応来斗君の彼女のなんだし。
そっちのほうが、絶対に角は立たない。
「彼のことは特別に思っている。それが恋愛感情かどうかわからないから、わからないの」
氷華ちゃんは困ったように笑みを浮かべた。
本当に、氷華ちゃんは正直者だ。
絶対に、『彼女』を前にして言う言葉ではないのに。
私が本物の彼女じゃないって、確信されているんじゃないかとさえ思ってしまう。
「とはいえ――美咲と白井君がいちゃいちゃしているのを見ていても嫌な気はしないし、一年生の頃悩んでいる美咲を見て、白井君が彼氏になってくれたらいいと思ったのも嘘じゃないわ。だから、多分好きではないと思うわ」
彼女なりに考えてみて、そう結論が出たんだろう。
考えてみないと出なかったという事実が、逆に私を不安にさせるんだけど――下手に突いて、意識されるほうが困る。
だから私は余計なことを言わずに、言うべき言葉だけを言うことにした。
「来斗君は、私の彼氏だから……そこをちゃんとわかっていてほしいかな……」
賢い氷華ちゃんには、これだけで言いたいことが伝わるはず。
「そんな牽制をしなくても、大丈夫よ。美咲との仲が悪くなるのに、彼に手を出そうなんて微塵も思わないから」
私の言葉を受けた氷華ちゃんは、先程の困ったような笑みではなく、私を安心させようとする温かい笑みを浮かべた。
きっと彼女なら、そう答えてくれると思っていた。
「うん、信じてるから……」
大丈夫、氷華ちゃんだもん。
めんどくさがりな彼女が、幼馴染とめんどくさい関係になることを選ぶはずがない。
そう、信じるしかなかった。
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