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第43話「自覚」

「来斗君……!」


 私は、男の人の手が緩んだ隙に手を振り(ほど)き、来斗君へと駆け寄る。


「大丈夫か?」


 来斗君は、優しく私を抱き留めてくれた。

 普段素っ気ないのに、やっぱりこういう時は安心できる。

 私は彼の胸に顔を押し付け、ギュッと抱きしめた。


「おまっ……! いきなり何するんだよ……!」

「それはこっちの台詞だ。何白昼堂々と、犯罪行為をしてるんだよ?」


 声で、来斗君が怒ってくれているのが伝わってくる。

 やっぱり、彼だけは違う。

 こうして、私を助けてくれるから。


「まだ何もしてねぇだろうが……!」


 立っていた男の人は血の気が多いようで、いきなり殴り掛かってきた。

 しかし――。


「無理矢理連れて行こうとするのも、十分犯罪だろうが」

「うぷっ!」


 来斗君が左手に握っていた何かを顔面に投げかけたことで、男の人は足を止めた。


「いてぇ! なに投げやがった!? 口の中がじゃりじゃりするじゃねか!」

「いや、その時点で砂って分かれよ」

「うぐっ――!」


 顔を手で覆っていた男の人に対し、来斗君はパンチをお腹へと叩き込んだ。

 いいところに入ったのか、男の人はお腹を押さえながら砂浜に転がり、悶え始める。


「いつの間に砂なんて……」

「先に握っといたんだよ」


 来斗君は私の質問に答えながら、私を背に庇うようにして立った。

 その間に、最初に砂浜へと転がった人が立ち上がる。


「てめぇ、二対一で勝てると思ってるのか……!?」

「御託はいいから、かかってくるならこいよ」


 右手の平を上に向け、チョイチョイッと指を曲げて、挑発をする来斗君。

 めんどくさがりな彼にしては珍しい、好戦的な態度だ。


 頭に血が上っている――というわけでもないと思う。

 ちゃんと私のことを考えてくれていて、『離れとけ』という意味で、トンッと優しく私のお腹を左手で押してきたから。


 私は邪魔にならないよう、少しだけ後ずさる。


「ガキが、舐めんなよ……!」


 男の人は、右手を大きく引いて殴り掛かってこようとした。

 しかし――。


「馬鹿正直に、突っ込んでくるなよ……」


 来斗君は呆れたように息を吐きながら、足の甲で足元の砂を蹴り上げた。

 それが、ちょうど殴り掛かってきた男性の顔面に直撃する。


 そして先程と同じように、相手が顔を手で押さえている間に、来斗君はお腹へとパンチを入れた。


「あがっ……!」

「悪いけど、立ち上がられると困るからな」


 反撃されないようにしてるんだろう。

 来斗君は、転がっている二人の足へと、容赦なくかかと落としをした。


「あぁあああああ! こ、こいつ……!」

「くそが、悪魔かよ……!」


 男の人たちは足を押さえながら、涙目で来斗君を睨んだ。


「念のため、もう一回いっとくか」

「「ひぃっ!?」」


 来斗君がもう一度足を振り上げると、男の人たちの表情が引きつったものへと変わった。

 よほど痛いんだと思う。


 そのまま、来斗君が足を振り下ろそうとすると――

「こっちです……! って、あれ……?」

 ――氷華ちゃんが、大人の男性三人を連れてきた。


「えっと……ライフセイバーの人たちを、連れてきたんだけど……?」


 男性二人が転がっている状況を見て、氷華ちゃんは戸惑ったように私と来斗君を見てくる。


「あいつが、女性を無理矢理連れていこうとしている奴ですか!?」


 そしてあろうことか、来斗君が疑われてしまった。


「ち、違うんです……! この人は私の彼氏で、助けてくれたんです……! 私を無理矢理連れていこうとしたのは、転がっているあの人たちです……!」


 私は慌てて来斗君の腕に抱き着き、無実を訴える。


 それによって、緊張した面もちのライフセイバーさんたちが、ホッと息を吐いた。

 男性二人を一人で倒した人が相手だと思って、気を張っていたのかもしれない。


「これは失礼しました……。そこに転がっている奴らが、そうなんですね。見ていた方も多いようですし、警察に突き出しましょう」


「ちょっ、嘘だろ!?」

「俺ら、こいつに怪我させられたんだぞ!? 骨だって折れてるって……!」


 ライフセイバーさんたちが近付くと、慌てたように男の人たちは来斗君を指さす。


 どの口が言ってるんだろ……?

 自業自得なのに。


「いや、お前らが彼女を無理矢理連れていこうとしたせいだし、俺は自己防衛をしただけだ」


 先に手を出したのは来斗君だけど――私を助けるためだったのだし、きっと周りが証言してくれるから罪は問われないと思う。

 やりすぎかな――とも一瞬思ったけど、二対一だったのだから、反撃の芽を徹底的に潰しておかないと、来斗君がやられていた。

 だから、これでよかったんだ。


「お前ら、話を聞かせもらうからな」


 男の人たちは腕を拘束され、ライフセイバーさんたちに連行される。


「すみませんが、お二人も話を聞かせてください」


 私たちにも、事情聴取みたいなのがあるようだ。

 警察を呼んでくれたみたいだし、私たちは素直に従うことにした。


「――来斗君……」

「ん?」

「ありがとう……」


 私は、ライフセイバーさんの後ろを付いて歩きながら、来斗君にお礼を伝えた。


「いや、俺が一人にさせてしまったせいだからな……。それに美咲を守るのが、俺の役目だ。だから、気にしなくていい」


 私が勝手に一人になったせいなのに、来斗君は優しい笑顔を向けてくれた。

 普段素っ気ないのに、こういう時優しいのは、ずるいと思う。

 おかげで私の鼓動は、バクバクととてもうるさかった。


 どうして、氷華ちゃんと来斗君が仲良くするのを見て、胸が苦しいのかようやくわかった。


 ……うぅん、違う。

 わかっていたのに、認めたくなくて目を逸らしてたんだ。


 人を好きになるのは、怖かったから。

 誰かを好きになんて、なれないとすら思っていた。


 だけど、この気持ちは――。


「喧嘩、強いんだね……」

「何言ってるんだ? 生まれてこの方、喧嘩なんてほとんどしてないんだぞ? 強いわけがないだろ」

「えっ、でも……」


 さっき、あっさりと男性二人を撃退したのに……?


「喧嘩慣れしてないからこそ、美咲が連れて行かれるのを見て、どう撃退するか頭の中で必死に考えていたんだよ。相手も喧嘩慣れしてなかったことで、たまたまうまくいっただけだ」

「どうして、喧嘩慣れしてないってわかるの……?」


 そういう知識は全然ないので、純粋な疑問だった。

 そんな、見ただけでわかるものなのかな?


「喧嘩慣れしてる奴が、あんなに隙だらけなわけないだろ。今回は運がよかっただけだから、もう同じようなことが起きないように、離れないでくれ」


 来斗君はそう言うと、私の指に自分の指を絡めてきた。

 自然と恋人繋ぎをされて、思わず頬が緩んでしまう。


「ごめんなさい……。もう、離れないから……」


 私はそう言って、ギュッと来斗君の右手に抱き着く。

 それによって少しだけ来斗君の体が強張ったのを感じ、余計に嬉しくなる。

 ちゃんと、意識してもらえているようだ。


「そうしてくれ、面倒ごとはごめんだからな。後、俺も悪かった」

「えっ、なんのこと……?」


 どうして謝られたのかわからず、私は首を傾げてしまう。


彼女(・・)に、嫌な思いをさせたことだよ」


 美咲じゃなく、彼女と言い表したことで、氷華ちゃんとのことを言っているんだとわかった。

 あんなにあからさまに逃げたから、気にされてしまったんだろう。


「うぅん、私が話し合わずに逃げただけだから……」

「美咲って、すぐに逃げるよな」

「うっ……」


 てっきり、優しい言葉をかけてもらえるかと思ったのに、痛いところを突かれてしまった。

 顔を見上げると、仕方なさそうに笑って私を見ている。

 意地悪で言ったわけじゃないらしい。


「誰とも揉めたくなくて、ぶつからないようにしてたから……いつの間にか、逃げるのが癖になっちゃったみたい……」


 嫌なことや、怒らせてしまうようなことから逃げている自覚はあったので、私は正直に打ち明けた。

 それに対して、また苦言が来るかと思ったけど――来斗君は、繋いでいないほうの手を、ポンッと私の頭に置いてきた。


「来斗君……?」


「俺は察しが良くないし、心愛のことをよく見ておかないといけない。だからきっと、態度で出されても気付けない時が多々ある。そうならないで済むように、ちゃんと言葉にしてくれ。嫌なことなら嫌って言えばいいし、してほしいことがあるなら遠慮せず言えばいい。まずは、そこから始めないか?」


 そう言いながら、来斗君は優しく頭を撫でてくれた。


 正直、とても驚いてる。

 私が向き合うことから逃げているので、そうならないようにしていくために言ってくれてるのはわかる。

 だけど、来斗君がそんな寄り添い方をしてくれるなんて、思いもしなかったのだ。


 彼にとって私との関係はメリットがないし、邪魔者と思われていても不思議じゃないのだから。


 それに、海で私が逃げたとはいえ、今までの来斗君なら深く気にしなかったと思う。


 もしかしたら、私が犯罪行為に巻き込まれたことで、彼の中の意識が変わったのかもしれない。


「いいの……? だって、私は……」

「いいんだ。彼氏彼女には変わりないんだから、向き合っていったほうがいいに決まってる」


 たとえ『偽』だろうと、そこは変わらない。

 そう言われているんだろう。


 ――やばいなぁ……。

 さっき自覚したばかりだってのに……こんな畳みかけるように優しくされたら、気持ちが膨れ上がっちゃうよ……。


「その結果、私が我が儘になってもいいの……?」

「あまりにも我が儘すぎたら、付き合いきれないけど――そういう時は、俺もちゃんと言葉にするさ。それでお互いのラインを知っていけばいいだろ?」


 こういう時、『なんでも受け入れてやる』なんていう、無責任なことを言わないのが彼だ。

 正直すぎる気もするけど、だからこそ、これが本心で言われているというのがわかり、私は安心する。


「じゃあ……お言葉に、甘えさせてもらいます……」

「あぁ、それでいい」


 こうして私たちは、彼の器の広さにより、仲直りしたのだった。


 ――うぅん、少し違うかな?

 喧嘩気味になる前よりも、距離がグンッと縮んだ気がする。


 私は彼の手を、もう離したくなくなってしまった。

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来斗と美咲、お互いに相手の堀を埋めてますな
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