第38話「すれ違い」
「おい、二人とも――」
遊びに来て喧嘩だなんて、洒落にならないので俺は止めようとする。
しかし――。
「はぁ……別に、そんな『自分の……!』って必死にアピールしなくても、誰も手を出さないわよ」
先に鈴嶺さんのほうが、呆れたように目を逸らした。
さすがに、こんなところで喧嘩をしたりはしないか。
そもそも、なんの喧嘩をするのか、というところではあるが。
「…………」
しかし、美咲はまだ警戒したように鈴嶺さんを見ている。
くっついてきたままだし、ヤキモチなのだろうか?
……好きでもないのに?
「来斗君」
「なんだ?」
「彼氏なんですから、ちゃんと彼氏としての自覚を持ってください」
美咲は拗ねた目を向けてくる。
敬語ということは、お説教モードだ。
まぁ、彼氏なら普通、彼女以外の他の女子を褒めたりしない、とでも言いたいんだろうけど。
その辺の考えに対して、仮で付き合うまでは美咲は大らかだと思っていたが、意外と束縛が強いタイプなのだろうか?
「悪かったよ。だけど、そこまで目くじらを立てなくても、俺が鈴嶺さんとどうにかなるわけがないだろ?」
相手は、男子に興味がないのだ。
俺が万が一彼女に惚れるようなことがあっても、相手になんてされないだろう。
もちろん、惚れる予定なんてないが。
「どうだろうねぇ?」
しかし、美咲はそうとは思っていないようで、疑う目を向けてきた。
まぁ、鈴嶺さんが美人だから、疑いたくなる気持ちもわかるが……。
「まぁ、浮気をすることはないから、安心しろ」
「――っ!?」
俺としては、そんな不誠実なことをするつもりはないし、惚れないようにするから安心しろ、という意味で言ったつもりだった。
だけど――美咲の表情は、安心するどころか青ざめてしまう。
そして俯いてしまい、なぜかニギニギと手を握ってきた。
何か、勘違いをさせたか……?
「何を言ったら、美咲をそこまで落ち込ませられるのよ……?」
若干距離を取りながらこっちを見ていた鈴嶺さんは、訝しげに聞いてくる。
喧嘩しそうになっていても、やはり幼馴染のことは心配なようだ。
「いや……特には……?」
言ってないよな……?
うん、浮気をしないって言っただけで、むしろ安心する言葉だろうし。
「美咲、何を言われたの?」
俺が誤魔化していると捉えたのか、鈴嶺さんは美咲に尋ねる。
しかし、美咲は口を開かず、俯いたまま小さく首を左右に振った。
「重症ね、これは」
そのせいで、鈴嶺さんが余計に誤解をしてしまう。
まぁ、口に出せないってことは、確かに深刻そうには見えるが……。
「浮き輪はこれね、はい」
荷物を置いていたところに戻ると、鈴嶺さんはボートの浮き輪を渡してくる。
「美咲のことは?」
「その子意外と頑固なところがあるから、そうなったら自分で気持ち切り替えるのを待つしかないわ」
だから、放っておけということか。
当事者じゃない鈴嶺さんからしたら、それでいいかもしれないが……。
「理由が知りたいなら、その浮き輪に乗って聞けばいいじゃない。少しの距離くらいなら、離れるわよ」
どうやら、二人きりになって聞けということらしい。
そっちのほうが踏み込んだ話もできるし、いいか……。
「少ししか距離を取らないのは、ナンパに声かけられたくないからか」
先程の会話を踏まえ、そう結論付ける。
だけど――。
「それも、あるけど……万が一溺れることがあったら、怖いし……」
鈴嶺さんは、顔を赤くしながら目を逸らしてしまった。
「…………」
子供じみたことを言うのが、恥ずかしかったというのはわかる。
わかるんだけど――この子もこの子で、ずるいよなぁ……。
普段がクール美少女なんだから、ギャップがありすぎだろ……。
「…………」
顔を上げなくても、俺が何を考えたかはわかるのかもしれない。
美咲が、無言でギュッと腕に力を込めてきた。
「何も言ってないだろ……?」
「別に、私も何も言ってないもん……」
確かに、言ってないけど……行動には移しているよな……?
ツッコむとめんどくさそうなので、ここは流すが。
俺は、腕から離れない美咲にやりづらさを感じながら、ボート型の浮き輪を膨らませた。
そして、三人で海に入ると――。
「それじゃあ、少ししたら戻ってくるから」
周りに人がいないところまで行くと、鈴嶺さんは俺たちから距離を取った。
浮き輪があるからか、泳げない割に落ち着いている。
「――で、なんで落ち込んでいるんだよ?」
もし溺れられると困るので、鈴嶺さんに視線をやりながら俺は口を開いた。
「別に、落ち込んでないもん……」
しかし、拗ねているのか、美咲は簡単に口を割ろうとはしない。
やっぱり鈴嶺さんが言ってたように、ちょっとめんどくさい性格をしているとは思う。
だけど、まぁ――嫌いではない。
「浮気はしないって言ったところからだろ、変になったの。どうしてそこで落ち込むんだよ?」
「だから、落ち込んでないってば……」
「わかったわかった」
美咲が認めないとわかり、俺は流し気味に話を続ける。
「でも、気にはなるんだろ? 何が嫌だった?」
とりあえず、聞き方を変えてみた。
「…………」
答えるかどうか悩んでいるようで、美咲は黙り込んでしまう。
時間は沢山あるので、俺は一度待ってみることにした。
そのまま五分ほど経過したところで、美咲はゆっくりと口を開く。
「だって……氷華ちゃんと付き合えるようになったら、私と別れるってことでしょ……?」
そう言って、縋るような目を向けてくる美咲。
どうやら落ち込んでいたのは、変な誤解をされたかららしい。
確かに、そう取ることもできるか……。
俺と別れたら、偽彼氏という防波堤がなくなるから嫌なんだろう。
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