第36話「クール美少女と浮き輪」
「心愛、どれがいい?」
「んっ、いるかしゃん……!」
心愛は、イルカの浮き輪を指さす。
笹川先生が持ってきてくれた浮き輪は種類がいろいろとあったので、こうして心愛に選ばせたのだ。
輪っかタイプではなく上に乗るタイプのものなので、心愛からより一層目を離せない。
「ふくらんでく……!」
俺がハンドポンプで空気を入れていくと、イルカの浮き輪がみるみるうちに膨れていった。
その様子を見ている心愛は、ペチペチと手を叩いて喜んでいる。
「はい、心愛」
膨らませきると、試しに心愛に渡してみた。
「おおきい……!」
自分よりも大きなイルカを、心愛はポンッポンッと叩く。
軽いとはいえ、心愛にとっては大きくて持ちづらいので、持ち運ぶのは無理だろう。
砂浜を引きずるくらいが精一杯だと思う。
「…………」
「ん?」
楽しそうにポンッポンッと遊んでいる心愛を見ていると、両手を後ろに回した鈴嶺さんが俺の前まで来た。
「どうかした?」
「これもお願い」
そう言って、水玉模様が入った輪っかタイプの白い浮き輪を渡される。
「…………」
ん?
「あれ、心愛はイルカを選んだはずだけど……」
チラッと見てみれば、まだ楽しそうにイルカの浮き輪で遊んでいる。
海に入らなくても、砂浜で遊んでいられそうなレベルで喜んでいた。
別の浮き輪は必要ないと思うが……?
「心愛ちゃんのじゃないわ」
「えっ、じゃあ誰の――」
そこまで言いかけて、ふと思う。
心愛じゃなくて、他に必要としている人がいるなら、それは一人しかいなかった。
空気を入れてくれと持ってきた、鈴嶺さんだ。
「氷華ちゃん、泳げないんだよね」
俺の考えを裏付けるかのように、美咲が補足をしてくる。
そういえば、文武両道の美咲とは違って、鈴嶺さんは運動ができないという噂を聞いたことがあった。
実際、足も遅かった気がする。
「海が好きなのに、泳げないんだな……」
「何よ、悪い?」
鈴嶺さんは唇を尖らせながら、プイッとソッポを向く。
こうしてみると、年相応の少女だ。
いや、若干子供っぽくも見える。
「別に、悪くはないだろ。誰だって得手不得手はあるんだから」
「誰だって、ねぇ……?」
鈴嶺さんは、物言いたげな目を美咲に向ける。
「な、何……?」
美咲は後ずさりながら、警戒したように鈴嶺さんを見た。
まぁ俺も、心情的には鈴嶺さん側だな。
「世には、例外ってものが存在するんだよ」
美咲は勉強も運動もトップレベルだし、容姿もアイドル顔負けに優れている。
天から二物どころか三物、四物もらっているような存在が身近にいるのだから、鈴嶺さんが納得いかないのもわかるのだ。
「ほんと、理不尽すぎるわ」
「わ、私に言われても……」
美咲は困ったように視線を彷徨わせる。
そして、少しずつ鈴嶺さんから距離を取り、俺の後ろに隠れてきた。
人を盾にするのはやめてほしい。
「いうて、鈴嶺さんだって女子から十分羨ましがられてるだろ? 勉強はできるし、美人なんだから」
「――っ」
思ったことを言うと、鈴嶺さんが息を呑んで顔を赤くする。
やっぱり、褒められるのには弱いようだ。
意外な弱点だよなぁ……。
なんて、呑気なことを考えていると――。
「来斗君、そろそろ怒るよ……?」
「美咲、彼氏の管理はちゃんとしておきなさい……」
なぜか、二人とも不機嫌になっていた。
うん、やらかしたか……?
「白井さんは、美咲といい勝負ですね」
笹川先生も、なぜか俺に仕方なさそうな笑みを向けてきた。
天然の美咲といい勝負だなんて、なんとも言えない気持ちになる。
「私、来斗君ほど酷くないと思う」
その気持ちは美咲も同じだったようで、頬を小さく膨らませて拗ねていた。
俺よりも、美咲のほうが酷いと思うが……。
とりあえず、さっさと鈴嶺さんの浮き輪に空気を入れて、心愛と海で遊ぼう。
「――はい、どうぞ」
「ありがとう」
空気を入れ終わった浮き輪を渡すと、鈴嶺さんは頬を緩めながら受け取った。
そして、浮き輪の穴へと足をツッコミ、浮き輪を装備する。
なんというか――クール美少女が浮き輪をしているのは、ギャップ萌えが凄かった。
「…………来斗君、やっぱり氷華ちゃんのことが……」
何やら、美咲が凄く物言いたげな目を向けてきているけど……。
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