第34話「恥ずかしさの仕返し」
「無理はしなくていいんだぞ……?」
付き合っているフリをしないといけないとはいえ、塗り合いをしなくても付き合っていることの否定材料にはならない。
むしろ、人目があるのだし、女の子同士で塗るのが自然だろう。
「いいよ、来斗君なら……」
美咲は恥ずかしさにやられているのが傍目からもわかるくらい、顔を真っ赤にして熱っぽい瞳を向けてくる。
意地になっている――というわけでもなさそうだが……?
「彼女にそこまで言わせて、やらないの?」
日焼け止めを塗りながら、挑発的な目を向けてくる鈴嶺さん。
ほんと、楽しそうだな……。
「わかったよ、背中を向けてくれ」
俺は美咲から日焼け止めを受け取ると、白い液を手に出す。
美咲は言う通り俺に背中を向け、ポニーテールの尻尾部分を手で持ち上げた。
「お、お願いします……」
「あぁ……」
驚かせないよう少しだけ手のひらで液を温めると、美咲の染み一つない綺麗な肌に塗り始める。
「ふぅ……んっ……」
背中を他人に触られるのはくすぐったいんだろう。
俺の手が触れるたびに美咲は背中をビクビクと震わせ、口から熱っぽい息がこぼれている。
「これ、だめ……ふっ……んんっ……」
声が我慢できないのか、美咲は空いている左手で口を押さえた。
それでも、嬌声は漏れてしまう。
「えろい……」
俺の隣で見ていた鈴嶺さんがボソッと呟くが、俺も同じ感想だった。
真昼間からいったい何をしているんだ、と思ってしまう。
幸い心愛は笹川先生が相手をしてくれているので、美咲の様子に気が付いていないようだ。
「ま、まだかな……?」
我慢するのは辛いのだろう。
美咲は震える声で、尋ねてきた。
「あともう少しだ」
残りは、脇腹寄りの部分。
ここは特に慎重にいかないといけないだろう。
そう思って、ゆっくりと手を添えたのだけど――。
「ひゃっ!?」
脇腹付近は弱いのか、美咲が甲高い声を上げてしまった。
「わっ……! ねぇね、どうしたのぉ……?」
美咲の声に驚いた心愛がこちらを向き、心配そうに見てきた。
「う、うぅん、なんでもないよ」
美咲は真っ赤になっている顔で笑顔を作りながら、首を左右に振る。
口元を手で押さえているせいで、余計に怪しかった。
当然、心愛も不思議そうに首を傾げる。
そして、美咲の後ろにいる俺に視線を向けてきた。
「にぃに、いじわる、だめ……!」
美咲が変なのは、俺が意地悪しているせいだ。
そう思ったらしき心愛が、頬を膨らませながら注意をしてきた。
あながち間違っていないので、ちょっと困る。
もちろん、わざとやったわけじゃないが。
「意地悪じゃないよ。ただ、日焼け止めを塗ってたから、くすぐったかったみたいだね」
「んっ……?」
日焼け止めを塗るのが、どうしてくすぐったいのかわからない心愛は、再度不思議そうに首を傾げた。
仕方がない、幼い子にはまだわからないものだろう。
「心愛ちゃん、顔に塗るから目を瞑ってね」
心愛をどう凌ぐか困っていると、笹川先生が助け舟を出してくれた。
「んっ……!」
彼女が大好きな心愛は、先程までの感情なんて忘れたかのように、素直に目を閉じる。
そして、おとなしく顔に日焼け止めを塗られていた。
「もう、終わったよね……?」
心愛の関心が逸れたことで美咲が俺のほうを振り返り、上目遣いに聞いてくる。
肩が小さく上下していてまだ呼吸が整っていないので、よほどくすぐったかったんだろう。
「首の後ろ、まだ塗ってないわよね?」
だけど、ここで再び鈴嶺さんが茶々を入れてきた。
彼女も顔を赤くしており、美咲の様子を見ていて恥ずかしさがこみあげてきたようだ。
俺が塗っている間、ガン見していたし――この子、多分むっつりだと思う。
「く、首は駄目……! 終わり! これで終わり! だって、自分で塗れるもん……!」
よほど首は触られたくないらしく、美咲は必死に首を左右に振った。
首はいっそう弱いらしい。
「それじゃあ、次は白井君の番ね」
美咲が終わったのなら、当然俺の番になる。
そのため、見学者である鈴嶺さんが俺に視線を向けて来たんだろう。
しかし――。
「待って、次は氷華ちゃんの番……!」
美咲が、それに待ったをかけた。
「なんで、私なのよ……? 私は美空さんにしてもらうって言ったじゃない」
「私だけ恥ずかしい思いをするのは、ずるい……! 氷華ちゃんも来斗君に塗ってもらうべき……!」
どうやら、恥ずかしい思いをさせられたことを根に持ったらしい。
元凶を巻き込み、同じ気持ちを味わわせないと気が済まないようだ。
「美咲は白井君と付き合っているから、いいでしょ……? 私は、付き合っていないし……」
こんなふうに美咲の圧が強くなるのは、鈴嶺さんにとってそうそうないのだろう。
若干たじろぎながら、弱々しく否定をしていた。
「関係ないもん……!」
だが、美咲は譲らない。
本当は付き合っていないのだから、本人にとっては鈴嶺さんと同じ立場のようなものだろう。
「男の子に塗ってもらうことも、経験だからいいんじゃないかしら?」
そして、なぜか笹川先生の援護射撃が鈴嶺さんを襲う。
ニコニコ笑顔なので、あの人も心の中で楽しんでそうだ。
……そういえば、美咲の時も止めなかったもんな。
「で、でも、男子にされるのは……!」
「往生際が悪いよ……!」
笹川先生まで敵に回ったことで、鈴嶺さんは逃げようとしたが、美咲が鈴嶺さんの腕を捕まえてしまう。
それでもどうにか逃げようとするが、美咲のほうが力は強いみたいで、瞬く間に彼女は両手を押さえられてしまった。
見た感じ、頭突きや足技などで攻撃すれば逃げられそうだが――さすがに、幼馴染相手に鈴嶺さんもそこまではできないようだ。
「はい、来斗君……! やっちゃって……!」
そう言いながら、鈴嶺さんの背中を差し出してくる美咲。
いや、これ後で恨まれるの、俺じゃないのか……?
「わかっているでしょうね、白井君……?」
当然、鈴嶺さんは俺に圧をかけてきた。
首で振り返りながら、ギロッと睨んできている。
よほど嫌なんだろう。
しかし――。
「「…………」」
無言の圧力が二つ、俺を襲ってきている。
もちろん一つは、目の前にいる美咲だ。
頬を小さく膨らませながら、拗ねた目で俺をジッと見つめている。
そしてもう一つは――楽しそうに俺たちを見ている、笹川先生だった。
笑顔なのに、冷や汗をかきそうになるほどのプレッシャーを感じる。
美咲だけならまだしも、笹川先生を敵に回すことはできず――。
「ごめん」
俺は謝りながら、鈴嶺さんの背中に手を添えた。
「ひゃんっ!?」
不意打ちだったのか、鈴嶺さんの口から普段聞かないレベルのかわいらしい声が漏れる。
そして――
「海には、気をつけなさいよ……?」
――顔を真っ赤にした涙目で、キッと睨まれてしまうのだった。
どうやら彼女は、美咲以上に背中が弱かったらしい。
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