第29話「憧れの人が彼女のお姉さんだった件」
「美咲のお姉さんって、笹川先生だったんですね……」
苗字が違うから、考えもしなかった。
笹川先生が結婚していることは知っていたのだから、結婚の際に旦那さんの苗字になったことくらい、想像できただろうに……。
「驚かせてしまいましたね。美咲が紹介をしてくれるまで、知らないふりをしていようと思ったのです」
笹川先生は相変わらず素敵な笑みを浮かべながら、事情を説明してくれた。
妹が紹介するのを待つのが、筋だと思ったんだろう。
美咲と同じで、まじめそうな人だからな。
……いや、ちょっと待ってくれよ?
美咲のお姉さんってことは――笹川先生が、旦那さんを亡くして立ち直るのに時間がかかったってことだよな……?
そして、外では完璧だけど、家ではズボラな人……。
自堕落な笹川先生なんて、全然想像できないんだが……?
憧れているところがあったから、ちょっとなんとも言えない感情だ。
「せんせいも、うみにいくの……!?」
俺が戸惑っていると、機嫌を直した心愛が笹川先生に話しかける。
先生には凄く懐いているから、会えて嬉しいんだろう。
美咲にすぐに懐いたのも、笹川先生を重ねたのかもしれない。
「そうだよ、心愛ちゃん。今日はよろしくね」
「んっ……! よろしく……!」
笹川先生の登場には驚いたが……幸いにも、心愛の機嫌は直った。
会ったことがないラッコやイルカたちよりも、笹川先生のほうが嬉しいんだろう。
「白井さん、お話は車の中でできますので」
「そうですね、心愛を乗せて荷物を取ってきます」
笹川先生に促され、俺は心愛をチャイルドシートに座らせる。
チャイルドシートは小さめのサイズだが、やはりスペースを結構取っていた。
これは、後部座席に座る二人がくっついてもきつそうだ。
「――お姉ちゃんと、知り合いだったの?」
俺たちの会話が聞こえたんだろう。
荷物を取りに戻ろうとすると、美咲が声をかけて来た。
「心愛の担任なんだ」
「えぇ、そうなの!?」
「むしろ、なんであなたが知らないのよ……?」
驚く美咲に対し、鈴嶺さんが呆れた表情を向ける。
俺も、同じ意見だった。
「なんで私が知ってることになるの……?」
「白井君、家の近くの保育園に心愛ちゃんを預けてるって言ってたじゃない。ここの近くの保育園っていえば?」
「……お姉ちゃんの、職場……」
噛み砕くように鈴嶺さんが確認すると、美咲はバツが悪そうに目を逸らす。
「「…………」」
「ふ、二人して、そんな目で見なくてもいいじゃん……!」
無言で俺と鈴嶺さんが美咲を見つめると、美咲は目の端に涙を溜めながら慌て始めた。
別に、普通に見てただけなんだけどな。
「美咲って、ほんと天然なところがあるわよね……」
「まぁ、それが美咲の長所でもあるだろ」
「「…………」」
彼女だからフォローすると、今度は意外そうに鈴嶺さんが俺の顔を見てきた。
そして美咲は、顔を赤くして俯いている。
いや、なんだその反応は……?
「何か言いたげだな……?」
「いえ、別になんでもないわ。ただ――スペース的に、私と美咲で後ろに座ろうかと思ってたんだけど、私は助手席で良さそうね」
「……は?」
それって、つまり――。
「ほら、海が待ってるから早く荷物取ってきて。美咲、私たちはもう乗っておきましょ」
俺が聞く前に、鈴嶺さんは美咲の背中を押して車に向かってしまった。
先程言っていたように、美咲を後ろに座らせ、鈴嶺さんは助手席に座ってしまう。
いや、さすがにこれはちょっと待ってくれ……。
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