第28話「天国から地獄、そして天国へ」
ついに迎えた、夏休み――。
「にぃに、はやく……!」
初めて海に行くということで、心愛のテンションはマックスだった。
ペチペチと俺の手を叩いてきて、急かしてきている。
「慌てなくても、海は逃げないよ」
遊べる時間は、減るかもしれないけど。
というか、美咲たちが迎えに来てくれることになっているので、急いだところでどうしようもない。
「はやく、らっこしゃんにあいたい……!」
「……ん?」
ラッコ?
なんで?
「どうしてラッコなの……?」
「うみ、らっこしゃんいる……!」
「…………」
なるほど……そういうことか。
頭が痛くなってきた。
「いるかしゃんや、ぺんぎんしゃんもいる……!」
水族館に連れて行ったことはないけど、絵本やテレビで見て心愛はラッコなどの存在を知っている。
心愛の言う通り、確かに海にはイルカやペンギンがいるだろう。
だから、海に行けば会えると勘違いしてしまったようだ。
「心愛……残念だけど、ラッコさんやイルカさん、ペンギンさんには会えないよ」
ラッコやペンギンはともかく、イルカなら沖のほうに行けばワンチャン会えるかもしれない。
しかし、そんなところに行くボートもなければ、泳いでいくわけにもいかないのだ。
諦めてもらうしかない。
「…………」
会えないと知ると、心愛は小さな口を目いっぱい広げて、ガーンとショックを受ける。
こんな絶望に染まるところを見るのは、久しぶりだ。
「らっこしゃん……あえない……?」
「会えないね……」
「いるかしゃんも……あえない……?」
「うん……」
「ぺんぎんしゃん……」
「ごめん、会えないんだ……」
「…………」
「うっ……」
心愛は目をウルウルとさせ、泣きそうな目で俺を見つめてくる。
海を楽しみにしているのは、数日前からわかっていた。
その一番の目的が、ラッコたちに会うことなら――心愛が、泣きそうになるのもわかる。
「今度、水族館に連れていくから、それで我慢しよ……?」
ここで泣かれたら困るため、代案を出す。
いつかは連れて行こうと思っていたので、いい機会だ。
だけど――心愛の悲しそうな目は、俺に向けられたままだった。
――ピンッポーン♪
心愛の機嫌が直らない。
そんな時に、幸か不幸か、美咲たちが来たようだ。
「心愛、美咲が来たよ」
「…………」
心愛は、無言で俺に対して両手を広げる。
まだ泣きそうになっているが、とりあえず抱っこしろということなんだろう。
俺は心愛をしっかりと抱き上げ、玄関に向かう。
「――あっ、おはよう」
ドアを開けると、笑顔の美咲が立っていた。
しかし、俺の腕の中にいる心愛を見ると、すぐに怪訝そうな表情を浮かべる。
「なんで、心愛ちゃん泣きそうになってるの……?」
「実は――」
俺は、心愛の頭を撫でてあやしながら、先程のことを美咲に伝える。
それによって心愛の気持ちを理解した美咲は、優しい笑みを浮かべて、心愛の頬を撫で始めた。
「ラッコさんたちに会えなくて、ショックなんだね……」
「んっ……」
心愛はコクリッと小さく頷く。
「今度、水族館に行こうね。そしたら、ラッコさんにもイルカさんにも、ペンギンさんにも会えるから」
美咲は俺と同じ方法で心愛を慰める。
やっぱり、これで我慢してもらうしかないだろう。
「――どうしたの?」
そうしていると、車から鈴嶺さんが降りてきた。
俺たちが乗ろうとしないから、おかしいと思ったんだろう。
「おはよう、鈴嶺さん。ちょっと、な?」
「おはよう……まぁ、なんとなく察したわ」
二度も同じ説明をするのも――と思い、誤魔化すと、鈴嶺さんも心愛の様子に気が付き、理解してくれたようだ。
「…………」
「なんで、不満そうに見てくるんだ?」
美咲がジィーッと俺を見て来たので、思わず尋ねてしまう。
疑うような目を向けられる理由が、わからないんだが……?
「私には挨拶返さなかったのに、氷華ちゃんには自分から挨拶するんだなぁって」
なるほど、扱いの違いに不満を覚えたという感じか?
「そんな細かいこと、怒らなくてもいいじゃない……」
仕方がなさそうに、鈴嶺さんは笑みを浮かべる。
やっぱり、学校外では表情が柔らかい。
「でも……」
「白井君、この子は放っておいて、荷物乗っけてあなたも乗りなさい。チャイルドシートは、助手席の後ろの後部座席につけてあるから」
そして、相変わらず幼馴染に対する扱いが雑だ。
幼い頃から一緒にいると、そんなものなんだろう。
「心愛を乗せてから、荷物取ってくるよ」
抱っこしたままでは荷物が持ちづらいので、先に心愛を乗せることにした。
だからドアを開け、お姉さんに挨拶しようとすると――。
「おはようございます、白井さん」
「えっ……?」
思いも寄らぬ人が、運転席に座っていた。
「せんせぇい!?」
声でわかったんだろう。
先程まで落ち込んでいた心愛のテンションが、一気に跳ね上がり、そして勢いよく後ろを振り返る。
そこには、ニッコリと優しい笑みを浮かべる――笹川先生が、いたのだった。
道理で、似てるわけだよ……。
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