第27話「家族公認の仲」
食事を終えた後――。
「それじゃあ、帰るね」
食器の片付けも終えてゆっくりしていた美咲は、腰を上げて帰ろうとした。
ちなみに、心愛は俺の腕の中で、既に眠りについている。
よく眠る子だ。
「美咲は、最寄駅から家に近いのか?」
「えっ? 歩いて、十分くらいかな……?」
どうして、そんなこと聞いてくるんだろう?
――というのが、美咲の表情から伝わってくる。
「夜道は危ないから、送っていったほうがいいか考えているんだ」
美咲の場合、ストーカーがいてもおかしくないからな。
「ふふ、心配してくれてるんだ?」
なぜか美咲は、嬉しそうに笑う。
「そりゃあ心配くらいするだろ。学校で超人気な美少女の、彼氏役なんだから」
「そ、そっかぁ……」
そして、わかりやすく照れる。
だからどうして、これくらいで照れるんだ……。
「でも、大丈夫だよ。家までは結構明るい道だから」
「じゃあ、駅まで送るよ」
俺は心愛を抱きかかえたまま、腰を上げる。
「いいの……?」
「それくらいはさせてくれ」
彼氏なら、自分家の最寄りの駅までは送るだろう。
「ふふ、紳士だ」
「別に、そんなんじゃないけどな」
美咲はニコニコの笑顔で、俺の後をついてくる。
拗ねてるならなだめないといけないが、ご機嫌ならソッとしておけばいい。
「…………」
外に出ると、美咲がソワソワしながら俺のことを見てきた。
いったいどうしたんだろうか?
「何か忘れものでもしたか?」
「う、うぅん、そうじゃないけど……」
美咲は落ち着きなく、チラチラと俺の顔と腕を交互に見てくる。
だいたいわかるようになってきたが、こういう時の美咲は何かをしたいんだろう。
「好きにすればいいぞ?」
何をしたいのかは知らないが、とりあえず促しておいた。
すると――。
「んっ……」
優しく、俺の服の袖を指で摘まんできた。
心愛を抱っこしているから、腕に抱き着かずに袖を摘まむことにしたんだろう。
常に付き合っているフリをしようとするところは、まじめな美咲らしい。
◆
「「…………」」
シーンと静まり返っている夜道、二人とも黙り込んでしまったので、少し気まずい空気になっていた。
「……歩く速度、速かったら言ってくれ」
「大丈夫、来斗君が合わせてくれてるから」
テキトーに話を振ってみるも、すぐに終わらされてしまった。
というか、今のは発展性のないことを言った俺が悪い。
そんな気まずい雰囲気の中、今度は美咲が口を開いた。
「夏休み……」
「ん?」
「海、行く……?」
街灯の光に当たっている美咲は、ほんのりと頬を赤く染めながら、上目遣いに聞いてきた。
鈴嶺さんが行きたがっていたことを、気にしているんだろう。
「美咲は行きたいのか?」
「そう、だね……。行きたいかも……?」
微妙な反応だ。
本当に行きたいのか、疑わしくなってくる。
「水着姿を俺に見られるのは、いいのか?」
美咲がどういうつもりなのかはわからないが、懸念点を先に聞いておく。
好きでもない男子に、水着姿を見せたくない女子は結構いるだろう。
しかし――。
「まぁ、来斗君は彼氏だし……いっかなぁって」
偽彼氏の特権で、見せてもらえるらしい。
この子、ガードが堅いのか緩いのか、よくわからない時がある。
まぁ、何か見返りを求めるような男が彼氏役なら、それも必要かもしれないが……。
「別に、無理はしなくていいんだぞ?」
「してないよ……」
その割には、顔がさっきよりも赤いんだけどな?
あまり突くのもよくないか……。
「美咲が行きたいなら、行っていいと思う」
心愛も海に連れて行ったことがないし、この機会に連れて行ってあげたい。
ただ、問題は……美咲と鈴嶺さんが水着姿になっていると、ナンパを追い払うのが大変そうだ。
その時は頑張るしかないか。
「来斗君って、やっぱり優しいよね……」
「なんでだよ」
「だって、私の意思を尊重してくれるから」
それくらいで、優しいというのだろうか?
当たり前のことだと思うが……。
「彼女の意思を尊重するのなんて、彼氏なら当然だろ?」
「それを当然だと思うのは、来斗君が優しいからだよ」
優しい笑みを浮かべている美咲は、嬉しそうに俺の腕を指で突いてきた。
そんなものなのだろか?
「美咲にかかると、なんでもかんでも優しいになりそうだ」
「そんなことありません」
俺が茶化していると思ったのか、説教気味に否定された。
このままだと、また拗ねられそうだ。
もうすぐ駅に着くというのに、拗ねられたまま別れるのはさすがにまずい。
ということで、話を変えることにした。
「それはそうと、海に行くなら車が必要になるかもしれないな……」
電車やバスだけで行ける海もあるかもしれないが、よくは知らない。
少なくとも、俺は親の運転する車か、学校行事によるバスでしか行ったことがないから。
「あっ、それはお姉ちゃんにお願いしたら、大丈夫だと思うの」
「…………」
無邪気な笑顔で、『何も心配はいらないよ』とでも言わんばかりの美咲。
いや、それ本当に大丈夫なのか?
「姉公認の仲になってしまうんじゃないか……?」
まさか、男友達一人だけと、妹が一緒に行くなんて思わないだろうし。
それとも、鈴嶺さんの彼氏として紹介でもするつもりか……?
「あっ……お姉ちゃんには、もう来斗君が彼氏だって教えちゃってる……」
どうやら、俺の心配が『今更』だったようだ。
なるほどな。
確かにそれなら、今更何も心配はいらない。
「偽なのに、家族に紹介するのはどうなんだ……?」
「でも、この前のお祭りにはお姉ちゃんの友達もいて、お姉ちゃんにも伝わってたから……」
それで、変に周りにバレたりしないよう、本当の彼氏として紹介したわけか……。
既に家族公認の仲になっているなんて……厄介ごとが一つ増えてしまった。
「駅、着いちゃったね……?」
話をしていたことで、最寄りの駅に着いてしまった。
話が途中だったので、美咲は困ったように俺を見てきている。
「電車はもう来るから、最後に一つだけ確認させてくれ。美咲の姉は、彼氏について何か言ってたか?」
「私に彼氏ができて喜んでたし、祝福してくれたよ?」
ということは、美咲に似て優しい人なのだろう。
それなら、厄介なことにはならないか……?
「まぁ、疑われないように気をつけよう」
「そうだね。それじゃあ、おやすみなさい」
電車の時間があるので、美咲は笑顔で手を振りながら駅の中に入っていった。
あの子の天然にも、困ったものだな……。
話が面白い、美咲がかわいいと思って頂けましたら、
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