第26話「不意打ちの褒め言葉」
「――にぃに、だっこ……!」
近くのスーパーに行くということで、心愛が俺に対して両手を広げてきた。
やっぱり、こういう時は俺なんだな。
「…………」
美咲が羨ましそうに俺のことを見てくるが、駄目だ。
さすがに心愛を抱っこする特権まで、彼女に譲る気はない。
俺は美咲にとられないよう、さっさと心愛を抱っこした。
「心愛ちゃんは、抱っこが好きだよね?」
俺の頬に自分の頬をくっつけてきてる心愛を、美咲は覗き込むようにして話しかける。
やめろ、俺から心愛を奪おうとするな。
心愛の抱っこする権利は、誰にも渡さない……!
「んっ……!」
俺の気など知らず、心愛は嬉しそうに頷く。
だけど、美咲に手を伸ばすことはしなかった。
「優しいお兄ちゃんがいて、よかったね」
美咲も心愛を抱っこする気はないのか、優しく心愛の頭を撫で始めた。
「えへへ……」
撫でられるのが好きな心愛は、へにゃぁっと頬を緩ませながらかわいらしく笑っている。
相変わらず、心を掴まれてしまう笑顔だ。
「それじゃあ、行こっか?」
美咲は心愛から手を離すと、ニコッと優しい笑みを俺に向けてくる。
なんだか、バツが悪かった。
「あぁ、行こっか」
動揺を悟られないよう、俺はすぐに歩きだす。
心愛は不思議そうに俺の顔を見てきたが、何も言ってはこなかった。
そうして、外に出ると――。
「あらあら~! らいちゃん、とてもかわいい子を連れてるのね?」
近所のおばさんに出くわした。
よりにもよって、この人に出くわすとは……。
「はい、とも――」
「にぃにの、かのじょしゃん……!」
このおばさんには、美咲のことを『友達』と紹介してやり過ごそう。
そう思ったのに――心愛が、打ち明けてしまった。
それにより、美咲は恥ずかしそうに身を縮こませ、ペコッと頭を下げる。
そして――俺の背中に隠れるように、後ずさってしまった。
うん、誰がどう見ても、恥ずかしがっている『彼女』だ。
「まぁまぁまぁまぁ!」
おばさんは、明らかにテンションを上げ、目を輝かせながら俺の顔を見てくる。
明日には、ここら辺に住む奥様方に、美咲のことが知れ渡ってしまうだろう。
仕方がない……。
「あの、うちの母親にはまだ内緒にしててください。いずれ、自分で紹介しますので」
友達だと訂正しても、おばさんはもう聞く耳を持たないだろう。
一度思い込んだら、人の話を聞かない人だ。
それなら、せめて口止めをしておくしかない。
ただ――。
「わかってるわかってる! お母さんには内緒にしておくわよ!」
うん、全然信用できない。
母さんは仕事で忙しいから中々会うことはないだろうけど、会った時は真っ先に言われそうだ。
だけど、疑ったところで気を悪くし、かえって言われかねないので――
「お願いします。それでは、僕たちはこれで」
――ここは、早々に逃げるしかない。
しかし――。
「まぁまぁ、そう言わずに! どうやって、こんなかわいい子をゲットしたの!? アイドル――は恋愛できないだろうから、モデルかしらね!?」
ハイテンションなおばさんにガシッと肩を掴まれ、逃がしてもらえなかった。
美咲が超絶美少女で、アイドルやモデルに見えるというのはわかる。
だから、気になるのは仕方がないが……この人に捕まると、長いんだよな……。
「ねぇね、もでるしゃんなの!?」
心愛も心愛で、勘違いを始めるし……。
「美咲はアイドルでも、モデルでもないですよ。そうだよな?」
「はい、違います……」
美咲は、借りてきた猫のようにおとなしい。
誰にでも神対応をする子だと思っていたけど、意外とおばさんは苦手な部類なのだろうか?
「え~、そうなの!? こんなに綺麗なのに、もったいない……!」
「美咲が綺麗でかわいいのは認めますが……」
「――っ!?」
俺が返した言葉に、美咲が息を呑んだのがわかった。
チラッと見れば、顔が赤く染まっている。
今更、こんな言われまくった言葉で照れなくてもいいと思うが……。
「綺麗だからアイドルやモデルをしなければいけない、というものでもないでしょう。本人が望まない限り、やるものではないでしょうし」
美咲の様子は気になったが、とりあえずおばさんを放置しておくと面倒なので、笑顔で返しておいた。
さすがに、そろそろ解放してほしいが……。
「にぃに、おなかすいた……」
どうやっておばさんから逃げるか。
そう悩んでいると、心愛が俺の服を引っ張ってきた。
頬をプクッと膨らませ、拗ねた表情をしている。
「すみません、心愛がお腹を空かしているので、もう行きますね」
「あらあら、それは仕方がないわね。みんな、またね」
おばさんは先程と打って変わって、笑顔で手を振りながら去っていった。
幼い子は優先。
それは、みんなの共通認識だ。
だからおばさんも、すぐに解放してくれたんだろう。
こういう時、心愛は空気を読んでくれるから助かる。
「すぐ買い物するから、もう少し我慢してな?」
「んっ、だいじょうぶ」
一応声をかけておくと、心愛は笑顔を返してくれた。
本当にお腹が空いてたら悲しそうな表情をするので、そこまで空いていないんだろう。
「よしよし」
とりあえず、心愛のおかげで解放されたので、頭を撫でておいた。
「…………」
「美咲?」
「う、うぅん、なんでもない……!」
なんだか美咲がジッと俺の顔を見つめてきていたので、声をかけたらブンブンと首を横に振られてしまった。
そして俺から顔を背けるように俯いたが、なぜか横顔は赤いままだ。
まだ先程のことを引きずっているんだろうか……?
かわいいなんて、言われ慣れているだろうに。
美咲、心愛ちゃんがかわいいと思って頂けましたら、
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