第19話「幼女のお出迎え」
「――ねぇね~!」
駅の改札口で待ち人を見つけると、心愛は大きく両手を振った。
それにより、待ち人――美咲が、俺たちに気が付く。
「こんにちは、心愛ちゃん」
「こんにちは~!」
挨拶をされて、心愛はニコニコ笑顔で挨拶を返した。
朝からソワソワしていたし、待ちわびていたんだろう。
「迎えに来てくれたの?」
「んっ……!」
美咲の質問に対して、心愛は力強く頷く。
その姿は、どこか得意げに見えた。
今回は、美咲が俺の家を知らないため、一応迎えに来た感じだ。
……そういえば、よく鈴嶺さんは俺の家を知っていたな?
知る奴は、学校にそういないはずだが……。
「にぃに」
考えごとをしようとしていると、心愛に服を引っ張られてしまった。
「どうしたの?」
「だっこ……!」
腰を屈めて心愛の目線に自分の目線を合わせると、心愛は両手を大きく広げた。
美咲に懐いているから、てっきり美咲に求めるかと思ったのに、抱っこは俺にしてほしいようだ。
素直に、嬉しい。
「――よいっしょっと」
おとさないよう丁寧に心愛の体に手を回した後、俺はゆっくりと心愛を抱き上げる。
すると、心愛は『ここが定位置』とでも言わんばかりに、すぐに頬をくっつけてきた。
「ふふ、相変わらず仲良しだね」
そんな俺たちを、美咲は微笑ましそうに見ていた。
正直、世界で一番仲がいい兄妹の自信がある。
「挨拶がまだだったな、こんにちは」
「――っ!?」
挨拶をすると、美咲がわかりやすく驚いた。
そして、意外そうに俺の顔を見つめてくる。
何か言いたそうに見えるが……。
「美咲?」
「あっ、えっと……こんにちは……」
美咲は若干戸惑った後、明らかな作り笑いで挨拶を返してきた。
いったいどうしたというのだ。
「何か引っかかることがあるのか?」
「な、ないよ?」
うん、あるんだな。
なんてわかりやすい奴だ。
「怒らないから言ってみろよ」
促すと、美咲はチラッと俺の顔色を窺ってくる。
本当に怒らないか、確認したのかもしれない。
「……来斗君に挨拶をされたから、ビックリしました……」
彼女は両手の人差し指を合わせ、言いづらそうに俺から視線を逸らした。
「いったい俺をなんだと思っているんだ……?」
――と言いつつ、どうして美咲がそう思うかはなんとなくわかる。
思い返してみれば、学校で自分から挨拶をすることはほとんどないかもしれない。
なんせ、たいていの奴には話しかけると、嫌そうにされるのだから。
とはいえ、美咲とはちゃんと別れの挨拶とかはしていた気がするが……。
「心愛の見本にならないといけないからな」
とりあえず、美咲がわかるよう簡潔に伝えた。
「あ~、なるほど」
どうやら納得がいったようで、美咲はウンウンと何度も頷く。
なんだろう、ちょっとモヤッとするものがある。
「あいさつ、たいせつ……!」
俺たちの話をどこまで理解したのかはわからないけど、話を聞いていた心愛が得意げに言ってきた。
日頃の教育の賜物だ。
「そうだね。心愛は、ちゃんとみんなに挨拶するんだよ?」
「んっ、してる……!」
「偉い偉い」
自信ありげに頷く心愛の頭を、俺は優しく撫でてあげる。
「えへへ」
それだけで幸せそうに笑ってくれるのだから、やっぱり天使だ。
「本当に、心愛ちゃんはかわいいよね」
「天使だからな」
「ふふ、はいはい」
軽くあしらわれてしまった。
大分慣れられたな。
「――それにしても、私が男の子の家に行く日が来るなんて、ちょっと驚きだよ」
俺の家を目指して歩いていると、美咲がそんな不思議なことを言ってくる。
「行こうと思ったら、いつでも行けるだろ?」
美咲ならほんの少し行きたそうな様子を見せるだけで、そこら中からお誘いがくるだろう。
少なくとも、『行きたい』と言えば、ほとんどの男子が家に連れて行く。
「そういういじわるは、よくないと思います」
しかし、俺が茶化していると捉えたようで、不満そうにジト目を向けられてしまった。
「にぃに、いじわる、だめ」
そして、言葉だけ拾った心愛にまで、注意されてしまう。
前から薄々思っていたけど、多分俺と美咲が喧嘩した場合、心愛は美咲側につくんだろうな。
「意地悪じゃないからね」
心愛を敵に回すのは厄介なので、頭を撫でて気を紛らわせておく。
頭を撫でられた心愛は、猫みたいに目を細めて、俺の手の平に自分の頭を押し付けてきた。
こういうところは単純で助かる。
「まぁ、居づらかったりするかもしれないが、あまり身構えないでくれ。心愛もいるから、二人きりになることはないし」
美咲が緊張しているようには見えないけど、一応伝えておく。
二人きりならまだわからないが、心愛がいる以上間違いが起きることはないだろう。
それはさすがに、美咲もわかっているはずだ。
「気を遣ってくれて、ありがとう」
「お礼を言われるほどじゃない。それよりも、いいのか?」
「ん?」
今日のことで確認をすると、美咲はキョトンとした表情で首を傾げてしまう。
言葉足らずで伝わらなかったようだ。
「お昼、作ってくれるんだろ?」
家に誘った時に、彼女から言ってきたことだ。
お弁当も本当に毎日作ってくれているし、これもその延長と考えているのかもしれない。
「あっ、その話か。もちろん、いいよ。私だって、心愛ちゃんに食べてもらいたいから」
俺じゃなくて、心愛に食べさせたいらしい。
まぁ、気持ちはわかるのだけど。
「きょうは、にぃにのごはんじゃない?」
「そうだよ、美咲が作ってくれるんだ」
「…………」
心愛は、無言で美咲を見つめる。
こういう時は、何かを考えている時だけど――。
「んっ……!」
考えがまとまったのか、心愛は大きく頷いた。
おそらく、ご飯の心配をしたけど、美咲が作るなら大丈夫と思ったんじゃないだろうか。
「合格ってことかな?」
「そうだろうな」
「それじゃあ、期待を裏切らないよう頑張らないと」
美咲のモチベーションも上がったようなので、これでよかったんだろう。
心愛ちゃんがかわいい、尊い、美咲がかわいいと思って頂けましたら、
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