第175話「評価」
「ここあも、ねんねする……!」
俺に抱っこされた心愛は、先程と同じ言葉を言ってくる。
しかし声は先程まではしゃいでいたものと打って変わり、不機嫌さを物語るように荒くなっていた。
頬も膨らませており、ペチペチと俺の胸を叩いてきている。
元気が良くて遊びたがる子ではあるのだけど、寝ることも好きなのだ。
ましてや俺と美咲は先程までベッドに転んでいたので、一緒に寝ようとしていたのを邪魔されたのが気に入らないのだろう。
「今寝たら夜寝られなくなるから駄目だよ?」
「にぃに、ねてた……!」
「俺はもう起きたからね、夜はちゃんと寝られるんだよ」
頑張って抗議してくる心愛の言葉を、俺は笑顔で流す。
もちろん、止めている本当の理由は口にしているものではない。
明日は保育園なので夜寝付けなくなると困るというのはあるが、それ以上に美咲の格好を見られたくないので、俺は折れないのだ。
「むぅ……!」
こういう時の俺が折れないということを知っている心愛は、いつものようなウルウルとした涙目で縋るような表情をしなかった。
それよりも、俺の肩越しに見える人物に訴えかけることにしたようだ。
「ねぇね、たすけて……! にぃにがいじわるする……!」
俺が折れないのなら、もっと折れやすい対象にお願いすればいい。
幼いながらも賢くてその辺をよく理解している心愛は、あっさりと美咲に助けを求めた。
これはまずい……。
そう思ったのだが――
「すぅ……すぅ……」
――意外にも美咲は、寝息で心愛に返事をする形をとった。
要は、嘘寝だ。
「ねぇね……!」
心愛は再度美咲のことを呼ぶ。
しかし、美咲はそれに応じることをしなかった。
賢い。
心愛は部屋に入ってきた時、俺の体に隠れて美咲の姿が見えていなかった。
俺が寝ていて、美咲の姿がどこにもなかったから、二人で寝ていると判断しただけだろう。
美咲の声も拾っていなかったはずなので、そうなると美咲が起きていたかどうかなんて心愛にはわからない。
そして、助けを求められても寝ている状態なら、心愛は仕方がないと諦める――そう判断したようだ。
優しい美咲が幼い心愛の呼びかけに応じない選択を取ったのは、いくら彼女でもさすがに、彼シャツ姿で心愛の前に出るのはまずいとわかっていたのだろう。
というか、俺が本気で怒ると思っているのかもしれない。
もしこれが心愛がいなくて笹川先生だけなら、下手をすると美咲は事故を装って自身の格好を笹川先生に晒した可能性がある。
なんせそうすれば、完全に事後だと笹川先生が思い込み、俺に責任を取らせようと更に外堀を埋められるからだ。
まぁ……既に埋める外堀なんてあるのか、と疑問でしかないが。
外堀どころか完全に内堀まで埋まっていっている勢いだからな……。
それと、美咲が取った行動はこの場を乗り切る最善手ではあると思うのだが――おそらく彼女が気付いていない部分で、一点問題があった。
それは――
「…………せんせい、にぃにがいじわるする……!」
――心愛が助けを求める対象が笹川先生に切り替わり、彼女の好感度は上がるが、逆に心愛の中で美咲は、『自分が助けを呼んでも寝ていると助けてくれない人だ』とレッテルを貼られてしまうということだ。
これは、美咲にとってはなかなか痛いことだと思う。
ちなみに俺だと、もし寝ている間に何か問題が起き、心愛が泣き声をあげた場合飛び起きる。
そういうのもあって、心愛の中で美咲の評価が若干下がってしまった。
「よしよし。私と少しだけお昼寝しようね?」
心愛に両手を伸ばされた笹川先生は、優しく俺から心愛を受け取り、落とさないように気を付けながら頭を撫でた。
そのまま何事もなかったかのように、部屋を出て行ってしまう。
まぁ彼女は美咲が寝たフリをしていることにも気が付いていて、俺たちに気を遣ってさっさと立ち去ってくれただけだろうけど……。
なんだか、ドッと疲れてしまった。
とりあえず、彼シャツ姿に関しては軽く説教が必要だと思う俺だった。







