第173話「気持ちの確かめ」
「次から次へと、ほんと問題の山積みだな……。まぁ同じクラスにならない限りは、大丈夫だろうけど……」
階段をのぼりながら、俺はつい独り言を零してしまう。
少し前まで平凡な日々を過ごしていたのが嘘かのように、トラブルが起きたりその種が出てきたりしている。
学校のマドンナの彼氏になった代償――と言えばそれまでだが、問題は最近、学校のマドンナの人気によってというよりも、彼女がそのトラブルのもとになっていることか。
正直言えば、美咲の偽彼氏をする際に覚悟していたこととは違った問題が、今起き続けている。
まぁ主に、予想もしていなかったレベルで美咲が嫉妬深かったことが原因なのだが。
彼女の周りに魅力的な女性がいることも理由、という鈴嶺さんの憶測も間違いではないのだろう。
誰だって、身近に脅威的な存在がいれば不安になるのだから。
「俺の態度も問題、か……」
鈴嶺さんに指摘されたことが頭を過る。
実際、鈴嶺さんに言ったように、美咲に振られたとして、俺はショックを受けたとしても美咲を引き留めようとは思わない。
彼女の意思を尊重したいとか、失望させてしまった負い目とかが主な理由ではあるが、あっさり手を離せるというのはつまり、俺の中で美咲がそこまで大きくない存在だということだ。
たとえばだが、もし心愛が俺の手からいなくなるとなった場合、俺はどんな手を使ってでも引き留めると思う。
もちろん、あの子が成人した時は話が別だが。
だけどそれほどの気持ちを、美咲に対しては持っていない。
逆に美咲の場合、普段の様子を見る限り俺が振ったら泣き喚くし、放してくれなくなると思う。
同じ時間を過ごしているはずなのに、どうしてここまで気持ちが違うのだろうか?
むしろ過ごした時間を考えるなら、俺のほうが普通だとは思うが……。
「いや、それは言い訳か……」
学校の連中なら、美咲と付き合えた以上是が非でも手を放さないだろう。
そこに過ごした時間は関係ない。
なんせ、美咲とロクに話したことがないどころか、初めて口をきくのが告白だって奴も珍しくないのだから。
「――んぅ……」
部屋のドアを開けると、美咲はおとなしく眠っていた。
しかし暑かったのか、彼女に掛けていた掛布団は壁側のベッドの端に寄せられており、彼女は何も被らずにドアへとヘソを向けるように横向きで眠っていた。
両手は顔付近で軽く握り拳を作っていて、身体を小さく丸めて気持ちよさそうに寝ている――と言いたいところだが、うん……。
なぜか、服が変わっているんだが……?
俺の記憶では彼女は薄着ではあっても、上は半袖のTシャツで下はショートパンツを穿いていたはずだ。
だけど今の彼女は、俺が学校で着ているシャツを見に纏っている上に、穿いていたはずのショートパンツがなくなって、もろに下着が見えていた。
まぁ、下着が見えているのは、シャツの裾がめくれてしまっているのもあるのだが……。
「美咲、起きてるだろ?」
俺がベッドに入っていた時は私服だったのに、いつの間にか服を着替えて――いわゆる彼シャツ姿というのになっていた美咲に対し、俺は疑いの目を向ける。
さすがにこれが寝ぼけてやったことだとは言わせないし、この状況で寝ていると思うほど俺はまぬけでもない。
だが――。
「すぅ……すぅ……」
美咲はかわいらしい寝息を立てるだけで、動揺は一切見られなかった。
「本当に寝ているのか……?」
傍によって様子を窺うが、どうやら寝たふりではないようだ。
彼女の性格を考えても、いくら誘っているとはいえ、こんなパンツが丸見え状態になっていて平気でいられるような子ではない。
頬に赤みもないし、信じて良さそうだ。
「何がしたかったんだ……」
俺は肩から力が抜け、思わず苦笑してしまう。
これは予想でしかないがおそらく、昼寝する前の攻防を根に持った美咲が、目を覚ました時に俺がいないことでトイレに行ったと勘違いし、彼シャツ姿で仕掛けてきたのだろう。
ここは俺の部屋なのだから、シャツはそこの棚にしまってあるためすぐ手に入るし、今日の美咲の行動力なら寝起きでもやりそうだ。
しかし、俺がなかなか戻ってこず、その間に眠気に負けて再度寝てしまったんだろう。
なんというか……本当に、変なところで抜けている彼女だ。
「それに……目の毒すぎるだろ……」
美咲に掛布団をかけようとした俺は、思わず彼女に見入ってしまう。
パンツを除けば唯一身に纏う純白のシャツから晒される、染み一つない白くてきめ細かな肌。
スヤスヤと無邪気に眠る、浮世離れするほど整った顔。
そして窓から差す光も相まって、まるで女神様が眠っているかのような、神秘さのある絵画のような美しさを醸し出しているにもかかわらず、男性を欲情させるには十分すぎる胸元や太ももが惜しみなく晒されているのだから。
はっきり言って、男ならこのまま押し倒したくなるくらいには、とてつもない誘惑だ。
……まぁ俺は我慢するのだが。
美咲の思い通りになりたくない――というわけではないが、彼女相手に一度でも羽目を外せば、下手をすればもう二度と自分の理性が利かなくなる恐れがあることを、わかっているからだ。
ということで、凄く惜しいことをしているのはわかっていながらも、俺は美咲の体を隠すように掛布団をかける。
「こんな格好までしてくるなんて、いよいよ見境がなくなってきたか……?」
俺は気持ちよさそうに眠る彼女の頭を撫でながら、今後どうするべきか頭を悩ませる。
すると――。
「んっ……?」
刺激が加わったことで、美咲が薄っすらと目を開いた。
彼女はゆっくりと瞬きをし、焦点が微妙に定まっていない瞳で俺の顔を見つめてくる。
寝ぼけているようなので、やはり眠っていたようだ。
「んぅ……」
おとなしく撫でられていた美咲は、体をベッドの端へと寄せる。
おそらく、俺が入れるようにスペースを作ったんだろう。
俺としてはベッドに入るつもりがないのだけど――
「…………」
――寝ぼけながらも滅茶苦茶甘えたそうな目を美咲が向けてきたので、彼女の気持ちを無視することは出来ず、ベッドへ入ることにした。
「……♪」
ベッドに入るなり美咲は俺の胸へと顔を押し付けてきて、全身でくっついてくる。
相変わらずの甘えん坊具合に俺は微笑ましい気持ちになりながら、優しく彼女の頭を撫で続けた。
気持ちの大きさは違えど、美咲のことはかわいいと思うし、愛おしいとも思う。
何より、傷ついてほしくないという思いや、誰にも傷つけさせたくないと思いを抱くほどに、彼女のことが大切なのだ。
きっと一緒にいれば、失いたくないという気持ちも膨れ上がっていくだろうし、今はこれでいいと思った。
まぁ、美咲はそれで納得してくれないのだろうけど。







