第171話「ウマが合う少女」
「それ、否定したところで信じてくれるのか?」
どう返すか悩んだ俺は、デジャヴを感じながら尋ねてみる。
『無理ね、あなたの反応がそういうふうにしか見えなかったから』
しかし、『あなたがそう言いきるなら、信じるわ』と言ってくれたあの時とは違い、今回は明確に否定されてしまう。
美咲と付き合っていることを疑われた時も彼女は嘘だと確信していたはずだが、ここまでキッパリと言い切ることはなかった。
それだけ、俺が言い逃れのできないほどに露骨な態度を取っているように見えた、ということなのだろう。
「はぁ……無駄だとはわかるけど、聞いてくれ」
思い込んでいる相手を説得するなんて凄くめんどくさいことではあるのだが、彼女はいたずら心や好奇心で聞いてきているわけではない。
美咲のことを心配して気に掛けているからこそ、その辺ははっきりとさせておきたいんだと思う。
ましてや今は、笹川先生が一緒に暮らしている状況なのだし。
『怒ったり文句を言ったりするわけじゃないんだから、思っていることをそのまま言っていいわ』
俺の言葉を聞いた鈴嶺さんは、学校なら絶対に男子相手に出さないような優しい声で話すよう促してきた。
言い訳や取り繕うようなことはせず、気持ちを打ち明けろ、ということなのはわかる。
わかるが――男子に冷たすぎる冷酷な氷の女王様にこういうことを言われると、やはり戸惑うものだ。
これが意図してやっていないとしても、彼女は男を誑かす素質があるだろう。
「笹川先生に惹かれていたのは認めるよ」
そこは今更取り繕ったところで意味がない。
俺が彼女の水着姿に見惚れていたのも、もう否定しないでおく。
「でも、恋愛感情ではなく、憧れに近い感情だったと今では思っているんだ」
それが、美咲と付き合うようになった俺の結論だった。
笹川先生と美咲を比べたら美咲のほうが大切だし、彼女に向ける想いと笹川先生に向ける想いが一緒じゃないというのもわかっている。
俺自身が幼い妹の面倒を見ていたことで、同じく幼い子供を相手にしているのに、俺なんて比べ物にならないほど子供の相手が上手なこと。
何より、包容力のある大人のお姉さんという姿に、俺は憧れに近い感情を抱いただけだ。
――と、今は思っている。
『それは、美空さんに旦那さんがいたからそう思い込むようにしていた、というわけではなく?』
鈴嶺さんは、俺を責めるような声――ではなく、まるで俺の顔色を窺うように心配そうな声で尋ねてきた。
うん、なんか思った以上にあれだな。
多分声の通り、美咲じゃなくて俺自身が結構心配されているんじゃないか……?
「憧れに近い感情だって気付いたのは、笹川先生が未亡人だったと知った後だよ」
これ、絶対に笹川先生の前ではできない会話だな、と思いながら彼女の疑問を払拭する。
笹川先生は今も旦那さんのことを忘れられず、左手の薬指に結婚指輪をしたままだ。
当然鈴嶺さんもそのことは知っており、だからこそ『笹川先生は結婚しているということで俺が恋愛感情を持たないように気を付けていた』、と懸念したのだろう。
だから俺は、未亡人だと知った後だということを主張した。
『じゃあ、美空さんに未練はないと言い切れる?』
「さっきからとんでもないことばかり聞いてくるな……。ないよ、俺は美咲が好きだから」
ここは言い切らないと不安や疑念を抱かせるとわかりきっているので、俺は気持ちを込めて伝えておいた。
実際、俺と美咲の互いが向ける感情には大きな差があるかもしれないが、俺が彼女を好きだというのは嘘じゃないのだ。
放ってはおけないし、美咲が泣く姿も落ち込む姿も見たくはない。
何より、恋愛的な意味で好きじゃなければ、キスなどしないわけで――。
さすがにそこまで鈴嶺さんに言うのは恥ずかしいので、言わないのだが。
『そう……ちゃんとそこがしっかりしているなら、大丈夫そうね』
どうやら、鈴嶺さんは信じてくれたらしい。
ほんと、意外と学校外でなら話が通じる子なんだよな。
正直、学校外で話す彼女が、知り合いの女性の中では一番ウマが合う気はする。
まぁそんなこと言ったら新たにいらない誤解や疑いを生むし、なんなら鈴嶺さん自身を敵に回しかねないので、口が裂けても言えないのだけど。
「じゃあ、もう話は終わりでいいか?」
疑いも晴れたようだし、そろそろ戻っておかないと美咲が目を覚ましてしまう可能性があるので、俺は通話を切ろうとする。
しかし、彼女はまだ話があるようだった。
『いえ、私の口から言うのもよくないから、どうしようか悩んでたんだけど……あなたの美咲への気持ちは揺らがないみたいだし、今のうちに言っておくわ』
突然、重々しい雰囲気になって話し始める鈴嶺さん。
まだ、何かあるようだ。
『あの子――絵里奈が、こっちに帰ってきたそうよ』







