第170話「スマホ越しに」
『……それはそうと、話を戻すけど――美咲が積極的に頑張っているのは、あなたのせいも結構あるのよ?』
都合が悪くなったのか、あからさまに話を変えようとする鈴嶺さん。
この子、頭がいいのにこういうところは不器用だよな。
「話を変えて逃げようとするのはどうなんだ?」
『そういうわけではないわ』
鈴嶺さんは否定するが、この状況で話を変えようとするのは逃げようとしているようにしか見えない。
まぁ、嫌なら嫌と言えばいいだけな気もするが、彼女はああ見えて意外と優しいので、美咲たちのことを考えると嫌とも言えないのだろう。
『今、私のことを心の中で馬鹿にした?』
「そんなはずがないだろ?」
うん、だからなんでわかるんだ?
いや、別に馬鹿にはしてないが、それにしても察しが良すぎるだろ?
女の勘にしても、鋭すぎると思った。
「それで美咲の件が俺のせいってことだけど、さっき言ってた依存させたってやつか?」
とりあえず、まずくなったので今度は俺が話を変えることにする。
『それとはまた違うわ――いえ、もう少し進んだ話、という感じかしら? 依存が原因ってのは間違いないし。要は、温度差が問題なのよ』
意外にも、彼女は追及してこずに話の軌道修正に乗ってきた。
馬鹿にした云々は、冗談で言っていただけなのかもしれない。
「温度差……態度の違いってことか?」
彼女の言いたいことがなんとなくわかった俺は、少し踏み込んで聞いてみる。
『あら、自覚しているとは思わなかったわ』
わざとらしく、声のトーンを上げながら言ってくる鈴嶺さん。
先程の意趣返しかもしれないが、煽られているようにしか感じられない。
「いや、さすがに俺と美咲の態度が雲泥の差というのは、自覚しているさ」
なんせ、猛アタックしてくる側と、気圧されている側なのだから。
もしくは、全力で甘えてくる側と、それを受け止めて甘やかしている側か?
とにかく、俺と美咲が恋人として同じレベルで求め合っていないことだけは、確かだ。
『依存してるって話一つとっても、美咲はもうあなたがいないと生きていけないレベルだけど、あなたは美咲に全然依存してないでしょ? それこそ、あの子が別れを切り出したらあっさりと受け入れるくらいに』
幼い頃からずっと一緒にいる美咲のことだけでなく、俺に対しても理解を示す鈴嶺さん。
幼かった頃一緒に過ごしたといっても、ここまで理解されることはないだろう。
おそらく、関わっていなかった学校生活の間でも、彼女にどういう人間に育っているか観察されていたんだと思う。
「まぁ美咲がそっちのほうが幸せだって言うなら、俺は身を引くな。好きでいてくれた子にそう思わせてしまったというのは、完全な俺の落ち度なわけだし」
そう、正直に答えると――
『それ、美咲が落ち込むというか、更に悪化するからあの子の前で言ったら駄目よ?』
――と、話を振ってきた本人に忠告された。
それも、マジトーンで。
解せない。
『あの子は、幼い頃から周りに愛され、男女問わず求められ続けてきた。特に成長するに連れ、男の子たちから積極的なアプローチを受け続けてきたの。つまり、あの子にとってそれが普通になっているわけ』
鈴嶺さんは丁寧に説明をしてくれる。
本当に、クールで男子を冷たく遠ざける割に、面倒見はいいんだよな。
主に女子に対してだが。
俺には、美咲が絡んでいるということで親切になっている部分もあるのだろう。
「ありえないほど周りから求められるのが、美咲の基準になっているんだな?」
俺が確認をすると、鈴嶺さんは肯定し、再度口を開く。
『そして、付き合った男の子であれば、更に求めてくる――と思っていたあの子に対し、あなたはどう? ほとんど受け身じゃないの? 求められれば甘やかすけど、自分からそこまで積極的に甘やかすことすらしてないんじゃない?』
まるで、俺の家に監視カメラを付けて見ているかのように、こちらの状況を把握している鈴嶺さん。
理解が深すぎて、ちょっと怖い。
「……結果的に、美咲が沢山甘えてくるから、沢山甘やかしてはいるが……?」
図星を突かれた俺は、せめてもの悪あがきをする。
『言い訳はいいから。むしろそれなら、甘えないと甘やかしてもらえないから、あの子が沢山甘えるようになったという原因にもなるけど?』
指摘をされ、俺は「うっ……」と苦虫を噛み潰したような声を出す。
言われてみれば、そんな気がしてきた……。
『あなたからなかなか甘やかさない――は、まぁ置いといて、あなたから美咲を求めるようなことを全然しないから、あの子は無意識に不安を覚えているんだと思うわ。自分とあなたの想いが釣り合っていないことに。そして、このままだといつか別れを切り出されるんじゃないかって。だからこそ、あなたを自分なしではいられないように堕としたい』
少し寒気がしてくることを、鈴嶺さんはスマホ越しに真剣な声で言ってくる。
多分スマホの向こうで真顔を浮かべているんだろう。
「自分の感情と釣り合いが取れるように、か……」
鈴嶺さんが言っていた『美咲はもう俺なしじゃ生きていられない』というのは、自分で言うのはなんだけど、大袈裟なものではないと思う。
今の美咲が俺を求める行動を見ていても思うし、彼女の姉が過去どうなったかということでも、容易に想像が付く。
美咲は、俺もそういう状態にしたいのかもしれない。
『あとは、傍に美空さんや私のような、綺麗で魅力的な女性がいるってのもあるわね?』
「自分で言うのか」
空気を変えるためなのだろうけど、おどけたふうに言ってきた彼女に対し、俺は苦笑気味に返す。
『だって、事実だもの』
事実――確かに、容姿だけを取れば事実なのだろう。
あとは、学校外で俺に接する態度だけを見れば、確かに惹かれる男子は多いと思う。
今のように、親身になって話を聞いてくれる彼女が普段からの彼女であれば、俺だって美咲と付き合っていなかった場合、わからなかった。
だけど――学校でのイメージが、悪すぎる。
『言いたいことがあるなら、遠慮なく言っていいわよ?』
と、言葉とは裏腹に声のトーンを落とした彼女が脅してくるが、俺はスルーしておく。
「付き合っているのに、いくら言っても笹川先生や鈴嶺さんに対抗意識を持ってるんだよなぁ……」
それも、悩みの種だ。
鈴嶺さんはともかく、笹川先生には実の姉妹というのもあって、美咲は普段の仲の良さが嘘かのように俺が関わると牽制を始める。
姉妹仲が悪くなりかねないので、俺としてはやめてほしいばかりだ。
『私はあなたの幼馴染だったってこともあるんでしょうけど、美空さんに関してはあれよ。あなたが海で露骨に態度に出して、見惚れていたのが悪いわ。私や美咲の時と態度が全然違ったもの』
美咲だけでなく、鈴嶺さんもその件を根に持っているのか、若干拗ねたような声色が聞こえてきた。
彼女の場合、特に体型的に対抗意識があるのかもしれない。
まぁ、笹川先生と彼女の場合、身長以外いろいろと真逆の体型だしな――。
そう思った時だった。
スマホ越しに、『ドンッ!』という音が聞こえてきたのは。
そしてすぐに『っぅ……!』という、痛みを我慢する声が聞こえてくる。
えっ、もしかして殴った?
というか、手を机に叩きつけた?
そう思うが、下手なことは言えなかった。
その矛先が、俺に向けられているとわかっているから。
「別に見惚れていたわけじゃ……」
『往生際が悪い……。そもそもあなた、美空さんのこと好きだったでしょ?』
少し涙声になりながら(どんだけ強く殴ったんだよ……)、鈴嶺さんは遠慮のないことを聞いてきた。
これ、頭に血が上ってちょっと見境がなくなってないか……?







