第17話「恨まれている(?)」
「――今日のことだけど……」
「ん?」
電車に揺らされていると、何やら深刻な顔で美咲が口を開いた。
まだ連絡先の交換を、根に持っているんだろうか?
「さっきのことを思い返してもらったらわかるように、氷華ちゃんは来斗君のことを嫌ってないと思うの……。連絡先まで交換したんだし……」
先程のことではあるようだけど、美咲が話したいのはちょっと違う部分らしい。
「まぁ、普通に考えるとそうだよな」
さすがに嫌いな相手に、自分から連絡先を交換しようなんていう人間はそうそういない。
それこそ、仕事や用事で仕方がなく――くらいだろう。
「とはいえ、男嫌いというのも嘘じゃないと思うが?」
「それは……」
美咲は、気まずそうに目を逸らす。
やっぱり鈴嶺さんは男嫌いで、そうなった理由が何かあるんだろう。
「あの……これは、内緒にしててほしいことなんだけど……」
「それなら、俺にも話さないほうがいいんじゃないのか?」
どんな話をするのかは知らないが、人に話す以上絶対はない。
俺も他人に話す気はないが、うっかりということがあるかもしれないし――それこそ、話題が出た時につい反応してしまい、鈴嶺さんに知っていることがバレる恐れだってある。
「口止めされているわけじゃないから……。氷華ちゃんは、話したがらないことだけど……」
「まぁ、言わないようには気を付けるよ」
それくらいしか、約束はできない。
わざわざ話すってことは、重要なことなんだろうし。
「ありがとう。えっとね……中学の頃、氷華ちゃん電車で嫌な目に遭って……それから、男性嫌いになったの……」
電車の中で嫌な目――そして、それが男性嫌いに繋がる。
それだけで、連想されるものはあった。
「なるほどな……そりゃあ、男が近寄るのも嫌がるわけだ」
言葉にしてほしくなさそうなので、俺は察したことを遠回しに伝える。
実際、鈴嶺さんくらい綺麗であれば、狙われることもあるんだろう。
俺も昔、そういう場に出くわしたことが一度あった。
その時の女の子は凄く怯えていたので、被害者になるとそれだけ怖いんだろう。
あの時やっていた男は、そのまま警察に突き出したけど、それで女の子の気が済んだりはしないはずだ。
心に負った傷は、そうそう癒えないだろうし。
「だよね……。でもね、来斗君のことは、一年生の頃から評価してるところがあったっていうか……その、優しいって気付いている感じだった……」
「そうか? 一年生の頃から彼女は、俺に対して他の男子と同じ塩対応だったぞ?」
まぁ、何かしら理由があるんだろうな、というのはさすがにもう気付いているが。
「それは多分、氷華ちゃんなりの考えがあるんだと思う……」
美咲も同じ考えなのだろう。
そうじゃないと、学校と学校外での態度の違いが、説明つかないからな。
「鈴嶺さんが俺を優しいと思っていると、美咲が思った理由はなんなんだ?」
美咲だから勘違いという可能性が高そうだが、一応根拠を聞いてみる。
鈴嶺さんが学校外で少し優しめな理由に対して、何かしらのヒントは得られるかもしれない。
「うまくは言えないんだけど……一年生の頃、一度ね? 私が男の子たちに告白されて困ってる話をした時に、もし来斗君に告白をされたら、それは受けてもいいんじゃないかって言われたことがあったの」
美咲はチラチラと俺の顔色を伺いながら、反応に困ることを言ってきた。
「それは、どういう意味だと捉えたらいいんだ……?」
「私的には、氷華ちゃんは来斗君のことを評価してるけど、好きってわけではない、かなぁ……っと思いました……」
「歯切れが悪くないか?」
しかも、また敬語になっているし。
「だ、だって、好きな男の子を勧めてくることなんて、ないって思ってたし……!」
図星だったのか、美咲はわかりやすく動揺する。
「いや、その認識でいいだろ?」
慌てているってことは、今の美咲は『そうじゃなかったかもしれない』、と思っているんだろうけど。
まぁ、どうして彼女がそんなふうに思い直しそうになっているかは、さすがの俺でもわかる。
「だけどさっき、シレッと連絡先聞いてたから……。氷華ちゃんなら、用事があったとしても、彼女持ちの男の子と連絡先を交換しないと思うの……。ほら、面倒ごと嫌うところがあるから……」
美咲が言っていることはわかる。
わかるが――彼女は、一つ思い違いをしている。
鈴嶺さんは、ちゃんと俺たちが付き合っていないことに気付いているはずだ。
だから美咲の言う、『彼女持ちの男子』というのが成立しておらず、鈴嶺さんも気にしないんだろう。
とはいえ、そのことを伝えると――美咲が、鈴嶺さん相手に墓穴を掘る可能性が高い。
下手に言えることじゃないな……。
「相手が美咲だから、大丈夫だって思ってるんだろ? 送ってきたメッセージを見ても、彼女は海に行きたいだけみたいだし」
「それは、そうかもしれないけど……」
美咲は、まだ引っかかるらしい。
幼馴染としてよく知っているからこそ、腑に落ちないんだろう。
「別に何か問題が起きているわけじゃないんだから、気にしなくていいんじゃないか? 美咲の思い過ごしの可能性が高いし」
鈴嶺さんの様子を見ている限り、修羅場とかになることはないだろう。
かなり賢い子だし、俺と一緒で、めんどくさいことには巻き込まれたくないタイプみたいだからな。
「でも、もし思い過ごしじゃなかったら……私、氷華ちゃんに凄く恨まれてるかも……」
まぁ、普通に考えると、そうだろうけど……。
いくら幼馴染とはいえ、許せないことは当然ある。
ただ――。
「それなら美咲が言ったように、俺を美咲に勧めたりしないだろう? 仮に美咲の思い過ごしじゃなかったとしても、鈴嶺さんの望んだ結果になっているだけだ。恨まれるはずがない」
彼女がどういうつもりで言ったのかは知らないけど、薦めたことが実現しているのなら、それを文句言う子ではない。
良くも悪くも、あっさりしている子だしな。
「だ、だよね……! 私も、そう思う……!」
「あぁ、だから気にするな。むしろ、気にして彼女に変なことを言うなよ?」
美咲の場合、そっちを気にしないといけない。
鈴嶺さん相手だとポンコツになって、余計なことを言いそうだからな……。
それで鈴嶺さんが怒る可能性のほうが、普通に高そうだ。
「うん、気を付ける……」
美咲が頷いたところでちょうど俺が降りる駅に着いたので、俺はそのまま美咲に別れを告げて、心愛を迎えに行くのだった。
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