第16話「氷の女王様は予定が気になるらしい」
「来斗君、一緒に帰ろ?」
ホームルームが終わり放課後になると、鞄を持った美咲が笑顔で話しかけてきた。
それにより、クラス中の殺気ともとれる視線が俺へと向けられる。
懲りない奴らだ。
「鈴嶺さんと一緒に帰らなくていいのか?」
「氷華ちゃんはね、塾で街中のほうに行くから、私たちと電車の方面が逆なの」
「あぁいつも、駅まで行ったらそこで別れていたのか」
途中から帰る方面が違うなら、わざわざ一緒に帰る必要もないのだろう。
「それじゃあ、帰るか」
俺は心愛を迎えに行く必要があるとはいえ、それは電車を降りてからだ。
そこまでは彼女と一緒なので、周りを信じさせるためにも一緒に帰るほうがいい。
まぁそういった動きは、美咲ばかりが率先して動いてくれているような気がするけど――彼女のためにやっていることだから、深く気にしなくていいか。
俺が自分から誘うなんて、キャラじゃないしな。
却って周りが違和感を抱きそうだ。
そうして、二人で下駄箱まで行くと――。
「…………」
無言で、腕を組みながら鈴嶺さんが待っていた。
話が違う。
「美咲?」
「あれ……? 別に、約束はしてなかったんだけど……」
一応確認してみると、美咲も想定外だったようだ。
さすがに、彼女のウッカリではないらしい。
「一緒に帰るのか?」
「悪い?」
今度は鈴嶺さんに確認をしてみると、不機嫌そうに首を傾げられてしまった。
そんな嫌そうにしなくてもいいと思うんだが。
「別に悪くないが……何か話でもあるのか?」
「話でもないと、私は美咲と一緒に帰ったら駄目なのかしら?」
うん、やりづらい。
だから彼女と話すのは苦手なんだよな。
周りからしたら、俺も鈴嶺さんみたいな態度を取っているんだろうけど。
……いや、さすがにここまで酷くはないか。
「あわあわ……」
俺と鈴嶺さんが不穏な雰囲気になると、美咲がわかりやすく狼狽えていた。
彼女も大変だな。
「いいんじゃないか、二人は仲良しなんだし。俺も、恋人だから二人きりで帰らせろなんて言わないしな」
鈴嶺さんも、用がなく一緒に帰ろうとしているわけではないだろう。
他の生徒たちがいるところでは話せないから、どこかに移動して切り出してくるんじゃないだろうか。
「そう、助かるわ。美咲も、いいわよね?」
「う、うん……」
鈴嶺さんに視線を向けられた美咲は、戸惑いながらも頷く。
行動理由がわからないだけで、彼女と一緒に帰ることは美咲も嫌じゃないだろうけど。
俺たちはそのまま重たい空気の中、帰路につく。
誰一人言葉を発しないので、人生で初めて経験するくらいに気まずい時間だ。
まさか俺が、気まずさに耐えがたくなる日が来るとは思わなかった。
それだけ、空気が重い。
そんな空気を変えたのは――
「二人って、夏休みはどうするつもりなの?」
――意外にも、鈴嶺さんだった。
駅を目指しているので当然、周りに他の生徒たちはいるが、数は多くない。
部活で残っている生徒が大半なのが理由だが、おかげで話し声が聞こえるほど近くを歩く生徒はいなかった。
だから鈴嶺さんも口を開いたんだろう。
「どうするつもりって……特に、予定は決めてないな」
美咲が余計なことを言う前に、俺が先に正直なことを伝えた。
そうしないと、身に覚えのない予定が追加されかねないからな。
「もうすぐ夏休みなのに?」
「いや、言わんとすることはわかるけど……夏休みに入ってから決めればよくないか? 休みは多いんだし」
「…………」
この男、モテないだろうなぁ。
――とでも言わんばかりに、目を細めて冷たい視線を向けてくださる。
いいじゃないか、そもそもあまりデートする気がないんだし。
「遊びたい時は私から誘うから、いいんだよ」
不満そうな鈴嶺さんに対し、美咲が笑顔でフォローをしてくれる。
実際遊ぶ時は、彼女が誘ってきた時だけだろうし、嘘は言っていない。
「まぁ、いいけど……」
「いいようには聞こえないような……?」
どう見ても、不満そうだ。
俺たちが付き合っていないことは勘づいているだろうし、そもそも彼女には関係ないので、どうして不満そうにされるのかわからない。
「美咲は、彼と連絡先を交換してるのよね?」
「えっ? もちろん、交換してるけど……」
なんでそんなことを聞くんだろう?
という顔で、美咲は頷く。
俺も同じ気持ちだ。
そんなふうに不思議がっている俺たちに対し、鈴嶺さんは行動によって答えを示した。
「それじゃあ、私とも連絡先を交換しておきましょう」
そう言って、彼女はスマホを俺に差し出してきたのだ。
うん、全然『それじゃあ』の意味が分からない。
「ちょ、ちょっと、氷華ちゃん!? 来斗君は、私の彼氏なんだよ!?」
「えぇ、知っているわ」
「彼女持ちの男の子に、連絡先聞いちゃうの!? それも、幼馴染の彼氏に……!」
鈴嶺さんの行動が納得いかなかったようで、美咲は必死に止めようとする。
彼女としては正しい行動だと思うけど――俺たちは本当は付き合っていないので、美咲がここまで必死になる必要はないと思うが……。
まぁ、怪しまれないためか。
「美咲に何かあった時、彼に連絡しないといけないでしょ?」
慌てている美咲とは反対に、鈴嶺さんはいつも通り冷静に対応している。
美咲の反応も織り込み済みだったのだろう。
「でも……!」
「いや、鈴嶺さんの言うことにも一理あるだろ。交換くらいはしておいたほうがいい」
美咲には悪いが、俺も一々顔を合わせて腹の探り合いはしたくない。
彼女と本音で話せる手段は持ち合わせておきたかった。
それに、わざわざ彼女から言い出したってことは、伝えたいことがあるのだろう。
「私、彼女なのに……」
だけど、俺の意図を知らない美咲は、頬を小さく膨らませて拗ねてしまった。
偽とはいえ、彼氏が他の女の子と連絡先を交換するのは、素で嫌だったようだ。
「心配しなくても、浮気なんて彼はしないわよ。望むならやりとりは見せてあげるし」
拗ねている美咲をなだめるように、鈴嶺さんは笑みを浮かべる。
やっぱり、学校外というか、生徒がいないところなら、俺がいても笑顔を見せるんだな。
「まぁ、そういうことなら……」
美咲は、渋々といった感じで頷いた。
納得はしたようだけど――俺たちを信じてチェックはしない、とは言わないんだな……。
「――それじゃあ、私は電車があるから先に行くわね」
連絡先を交換すると、それで用事は終わったのか、彼女は駆け足で先に行ってしまった。
俺たちよりも電車の時間が早くて、話している間にギリギリになったんだろう。
「…………」
「いや、そんな目を向けられても……」
鈴嶺さんがいなくなったことで、遠慮なしに美咲が不満そうな目を向けてきた。
よほど嫌だったんだな。
「浮気とかする気はないが、俺たちは本当に付き合っているわけじゃないんだから、そこまで不満そうにしなくていいだろ?」
「でも、複雑……。というか、あんなにあっさり連絡先を交換するなんて、やっぱり来斗君は氷華ちゃんのことが好きなんじゃ……?」
「いや、美咲の時もすぐ交換しただろ?」
別に断ったりはしなかったはずだ。
「私が言い出した時は、嫌そうな顔をした」
なるほど、それで余計に根に持っているのか。
「あれは不可解だっただけで、嫌がったわけじゃない」
「ふ~ん……?」
どうやら美咲は信じていないようで、疑うようにジト目を向けてきた。
疑われたところで、何もやっていない以上問題にはならないから、いいんだが。
結局、美咲は電車が来るまで俺に疑いの目を向けてきたのだった。
なお、電車を待っている間に、鈴嶺さんから初めてのメッセージが届いたのだが――
『海は、行くのかしら……?』
――という質問だった。
どうやら彼女は、俺と美咲が海に行くならついていきたかったらしい。
美咲曰く、鈴嶺さんは海が好きなのだけど、ナンパに遭うのが嫌で中学生の頃から行けていないようだ。
道理で、夏休みの予定を気にしたわけだな。
話が面白い、美咲がかわいいと思って頂けましたら、
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