第15話「火花を飛ばす二人」
「「「――あっ……」」」
教室へと帰っていると、廊下で鈴嶺さんに出くわした。
普段なら一言も交わさずスルーするところだが、今は美咲がいる。
仲がいい彼女たちは、ここで言葉を交わすかもしれない。
「先に戻っておこうか?」
一応、気を遣って聞いてみる。
女の子だけで話したいこともあるかもしれないし。
「うぅん、大丈夫。たまたま会っただけだし」
「えぇ、そうね。話すことがあれば、美咲の家にでも行って話すわ。隣なんだし」
どうやら余計な気遣いだったらしい。
それじゃあ、もう教室に戻って――の前に、しないといけないことがあった。
「そういえば、悪かったな。朝、美咲と一緒に登校してたんだろ?」
「えぇ、そうだけど?」
朝のことを持ち出すと、鈴嶺さんは不機嫌そうに俺を見てきた。
話題が嫌ということではなく、俺と話したくないという態度に見える。
「俺は、妹を保育園に連れて行ってからじゃないと電車に乗れないからさ、美咲にあの駅で降りてもらうように頼んでたんだ。普段二人は一緒に行ってたみたいだから、悪いことをしたな」
これで、鈴嶺さんから見たら、美咲は嘘を吐いていないことになるだろう。
まぁ、彼女がそのまま信じてくれるかは知らないが。
「別に、約束して一緒に行ってたわけじゃないから、気にしなくていいわ。ただ自然とそうなってただけだから」
それは美咲も言っていた。
二人ともがそう思っていたなら、問題ないだろう。
話がわかる子でよかった。
「それはそうと、学校で私に話しかけるのはやめてくれないかしら? 男子と話したくないのよね」
「…………」
前言撤回。
やっぱり彼女は冷たい。
絶対零度かってくらいに冷たい。
なんでこんな塩対応をされないといけないんだ。
「ちょ、ちょっと、来斗君が可哀想だよ……!」
さすがに見かねたのか、美咲が慌てて話に入ってくる。
そして、険悪な空気を感じ取った野次馬たちが、『なんだなんだ?』と言って集まってきた。
厄介なことになりそうだ……。
「美咲だって知ってるでしょ、私が男嫌いだってこと」
「でも、来斗君は……」
「関係ない。たとえ美咲の彼氏だろうと、特別扱いはできないの」
なんだろう?
やけに『特別扱い』を強調する言い方だったような?
もしかしたら彼女の態度が学校と家で違ったのは、何か訳があるのかもしれない。
そうだとすれば、俺が何かを忘れていることに関して怒っている、というわけではないだろう。
よしよし、厄介な種が一つ消えた。
しかし――目の前の火種は、消えていない。
「いくら氷華ちゃんでも……来斗君に酷いこと言うなら、私は怒るよ……?」
「へぇ……?」
なぜか、俺そっちのけで火花を飛ばし合う二人。
おかしい、仲良しじゃないのか?
「待て待て。なんで揉めようとしてるんだよ?」
この二人が俺のせいで言い合いなんてした日には、俺の悪名が更に増えてしまう。
美咲を唆して、仲良しだった鈴嶺さんとの仲を裂いたとか、俺のクソ具合に我慢できなくなった鈴嶺さんがついに怒ったとか、そういう系の噂が絶対出回る。
ただでさえ周りから睨まれているのに、これ以上酷くなると実害を与えてくる奴だって出てくるだろう。
「揉めてはないけど……」
「えぇ、普通に話していただけよ?」
二人は俺の気持ちを知ってか知らずか、この状況でとぼけるという手段を選んだ。
どう見ても不穏な空気だったんだが……。
「美咲、俺とのことで他の人と揉めるのはなしだ。そんなの、美咲のためにならない」
この様子だと、美咲は俺の悪口を言う相手には、突っかかってしまうだろう。
そんなことを始めた日には、キリがなくなる。
そして当然、攻撃的な美咲に関して周りは評価を下げ――悪循環だ。
無駄な争いをさせるべきではない。
「だって……何も知らないのに、来斗君のことを悪く言われると……嫌だもん……」
しかし、美咲は頷かなかった。
俺と約束をするつもりはないらしい。
「彼氏を彼女が庇って、何が悪いのって話でしょ? むしろ、そこを庇えないのなら、彼女失格じゃないかしら?」
意外にも、美咲のフォローをしたのは鈴嶺さんだった。
言わんとすることはわかるし、実際彼女は正しいと思うのだけど……なぜだろう?
釈然としない。
喧嘩しそうになってたのはこの二人で、俺は止めようとしてた側だよな?
いつの間にか、俺対二人の構図になっているんだが?
もちろん、鈴嶺さんにそんな気はなくて、単純に美咲の意見を尊重しただけだろうけど。
「でも、揉めることは良くないだろ?」
「えぇ、そうね。だから、周りから文句を言われないように、白井君が立ち回ったらいいんじゃないかしら?」
鈴嶺さんは目を細め、ニヤッと意地悪そうに笑みを浮かべる。
彼女の言う通り、元はといえば俺の行動が生み出していることなので、言わんとすることはわかるんだが……。
「鈴嶺さんは、周りから男子に優しくしろって言われて、言う通りにするのか?」
「無理な話ね」
「同じだよ。俺も変えようとは思わない」
きっと彼女は、俺がそう返すとわかっていただろう。
それでも、検討はしろ、くらいの意味で言ってきたのかもしれない。
「来斗君のいいところは、ちゃんと私がわかってるから……無理は、しなくていいんだよ?」
美咲は俺の行動に深い意味でもあると思っているのか、今度は俺側についてくれた。
そういうふうに理解を示してくれるのは有難いのだけど――俺が周りを突き放すのは、中途半端に仲良くするのが一番厄介だと思っているからだ。
だから、たいそうな理由はない。
いずれその辺は、彼女に話しておこう。
「はいはい、目の前でいちゃいちゃしないでちょうだい」
「――っ!? べ、別にそんなつもりじゃ……!」
鈴嶺さんが『やれやれ』という感じで呆れながら首を左右に振ると、美咲が顔を赤くして慌て始めた。
弄られてるな……。
「どう見てもいちゃついてたじゃない」
「違うよ……!」
「彼氏のことを甘やかしてるのに?」
「それとこれとは関係ないでしょ……!」
うん、重たい雰囲気はいっさいなくなり、なんだか女の子同士が醸し出す特有の空間ができあがっているようだ。
なんだか俺は邪魔そうだし、後は仲がいい二人に任せておこう。
そう思って、俺は一人で教室に戻るのだった。
――なお後から、拗ねた美咲に文句を言われてしまったけど。
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