第146話「危うい」
リビングに入ろうとドアに手をかけた俺は、思わず後ろを振り返る。
すると、笹川先生は母性に溢れた包容力のある優しい笑顔を、俺に向けていた。
十歳以上年上のお姉さんの笑顔に、俺は知らぬうちに目を奪われてしまう。
「責めているわけではないので、誤解なさらないでくださいね?」
俺が何も言い返さなかったからか、笹川先生は心配そうに俺の顔を見つめてきた。
「あっ、いえ……急にどうしてこんな話を?」
我に返った俺はドアを開け、リビングへと入りながら笹川先生の意図を探る。
「心愛ちゃんを送り迎えされていた頃から、気になってはいたのです。まだ学生の白井さんが送り迎えをされるということは、何か理由があるのだろうと」
「それは、まぁ……そうですね」
一般的には子供の送り迎えといえば、母親か父親のどちらかがするものだろう。
実際俺以外に、同い年くらいの子供が保育園児を迎えに来るところは見たことがない。
そのせいで、笹川先生側からしたら印象に残ったり、気になったりしたようだ。
「プライベートのことですし、他人の家庭事情にもおいそれと踏み込むことは良くないので、今までは何も言いませんでしたが……もう白井さんは、私の弟のようなものです。一人で抱え込まず、何かあったり辛かったりしたら、私を頼ってくださっていいんですよ?」
どうやら笹川先生は、俺が一人で抱え込みすぎて潰れることを懸念しているらしい。
学業を優先しないといけない学生なのに、妹の世話に時間を取られ、友人とも遊ばない状況を、俺が辛く感じているのではないか、と思われている感じだろうか?
何より、俺に学校で友人がいないということも、おそらく彼女には知られているんだろう。
美咲父、美咲、鈴嶺さんと、ルートは結構あるのだから。
「心愛の面倒を見るのは好きでやっていますからね。大変だとか、辛いとか思ったことはありませんよ?」
俺は前に美咲に言ったようなことを、笹川先生にも伝える。
心配してもらえるのは有難いが、実際負担にはなっていないのだ。
余計なお世話などと言う気はないけれど、心配をしてもらう必要はない。
「自分では気付かないうちに、負担になっていることもあるのです。ましてや白井さんは優しいですから、心愛ちゃんやお母様を責めることがないように、自分の中で無意識に思い込んでいる可能性もありますし」
「……もしかして笹川先生から見ると、今の俺は危うく見えていますか?」
遠回しにそう言われた気がしたので、俺は言葉にして尋ねてみる。
「どういう意味か――にもよりますが、そうですね」
そして彼女は、真剣な表情で頷いた。







