第139話「姉の狙い」
「笹川先生が、俺の家に泊まる……?」
想像もしていなかった事態に、俺は戸惑いながら先生を見つめる。
すると、先生の腕の中にいた小さな天使が視界に入った。
「……♪」
その小さな天使こと、心愛は目をキラキラと輝かせながら、ご機嫌そうに俺の顔を見つめている。
その表情からは、『早く頷いて』という思いを感じた。
笹川先生が泊まると聞いて、もうその気になっているようだ。
ここで俺が断ろうものなら、絶対に怒るだろうし、心愛に嫌われる可能性だってある。
少なくとも、数日は根にもたれるだろう。
これはもう、選択肢があってないようなものだが――
「なんでお姉ちゃんまで泊まるの!?」
――俺が返事をする前に、美咲が『信じられない!』とでも言わんばかりの表情で喰い付いてしまった。
「さっきも言ったけど、お父さんが泊まれって言ったから……」
笹川先生は仕方がなさそうに笑いながら、美咲へと説明をする。
しかし、それで納得する彼女ではなかった。
「断ったらいいじゃん……! やっぱり、来斗君のことを狙って……!」
状況が状況だけに、美咲の中にある疑念が増してしまう。
この子は未だに俺と笹川先生の関係を警戒しているので、姉が泊まろうとするのは納得がいかないのもわかる。
俺も、笹川先生が素直に父親の言うことを聞くとは思えなかった。
美咲の家で見ていた感じ、笹川先生も父親に怒っていたし、こんなことを言えば美咲が怒るのもわかっていただろう。
それなのに、素直に従っているのは――おそらく、純粋に姉として妹が心配なんじゃないだろうか?
今回のお泊まりは、美咲が感情を抑えきれずに暴走しているようにも見えなくはないし、高校生の男女がお泊まりなど間違いを起こすリスクも高い。
心配して近くで見張っておきたい、と思っても不思議ではないだろう。
父親から言われたというのは、ただの口実にすぎない気がする。
「違うよ。お父さんが美咲のことを心配してて話を聞かないの……」
「でも、来斗君のお母様に話が通ってないし……!」
「そこは、お父さんがもう話をしてて、白井さんのお母様は快諾してくださったそうだから……」
なるほど、やはり美咲父は美咲の父親だな。
先に外堀を埋めてきたか。
母さんがオーケーしたのであれば、俺たちに断る理由がなくなる。
無理に断ろうものなら、見られるとまずいことをする、とアピールするようなものだ。
「うぅ……!」
美咲は姉が泊まることが気に入らないらしく、涙目で頬を膨らませてしまう。
俺のせいで元々拗ねていたのだし、その感情も引きずっているのかもしれない。
おかげで、笹川先生の腕の中にいる心愛が不満そうに美咲を見つめていた。
この子の目から見れば、美咲は大好きな笹川先生が泊まろうとするのを邪魔している、というふうに映っているだろうから、それも仕方がない。
――いや、実際邪魔してるんだが。
さて、どうしたものか……。
正直、心愛が乗り気になっている以上、笹川先生が泊まることは決定事項だ。
だけど美咲が素直に納得するはずがないし、この調子だと心愛の美咲に対する好感度が下がりかねない。
それはそれで、今後も美咲と付き合っていく身からすると困る事態だった。
誰だって、彼女と妹は仲がいいほうがいいに決まっている。
……よし。
「美咲、多分笹川先生がいたほうが美咲にとってもいいと思うぞ?」
俺は美咲の頭に手を置き、優しく撫でながら笑顔で話しかけた。
それにより、涙目を向けられてしまう。
「なんで……!? 来斗君が、私と寝ないようにしたいから都合がいいだけだよね……!?」
察しがいい彼女ではあるが、今は興奮しているため俺の言葉の意図がうまく伝わらなかったようだ。
直前にしていた会話が尾を引いているのもあるだろう。
「落ち着いて考えてみて。心愛ちゃんの面倒は、私が見ることになると思うよ?」
逆に、笹川先生は俺が言いたいことをすぐに察したらしい。
先程までとは違う温かさを感じる笑顔で、俺のフォローをしてくれた。
――いや、この感じ、むしろ本命はそこか?
美咲のことを心配していたんじゃなく、美咲のためにわざわざ泊まろうとしているのかもしれない。
彼女の優しさに溢れる笑顔を見た瞬間、そうとしか思えなかった。
多分、母さんがあっさりオーケーを出したのも、同じ理由だ。







