第135話「更なる交渉」
「なるほど……」
そう鈴嶺さんの言葉に頷く美咲父だが、おそらく彼女の言葉は右から左状態だろう。
娘たちや奥さんから向けられる視線で、気が気でないように見える。
しかし美咲は、俺の腕をギュッと抱きしめてきた。
まるで、《彼は私のもの……!》とアピールしているようだ。
頬も小さく膨らんでいて、警戒するように鈴嶺さんを見ているので、だいたいそんなところだろう。
「もうお父さんもわかったと思うけど、白井さんは氷華ちゃんの言う通り素敵な人だよ。心愛ちゃんは私が勤めてる保育園に通ってる子だから、私も結構前から白井さんのことを知っているの」
美咲父が固まっているのでこれ以上話が進まないと思ったのか、それとも自分の番だと思ったのかはわからないけれど、笹川先生も口添えをしてくれた。
元々憧れを抱いていた人だというのもあり、彼女に褒められるとくすぐったさがある。
だけど――くっついてきているかわいい彼女が凄く物言いたげな目を俺に向けてきたので、顔に出すわけにはいかなかった。
この子が一番敵意を抱いているのって、実の姉だからな……。
「だからその子は、美空に懐いているのか……」
美咲父は、全身から笹川先生大好きオーラを出している心愛を見て、納得したように頷く。
笹川先生が現れてから心愛との関係を説明していなかったので、どうして懐いているのかわからなかったのだろう。
可能性として、美咲と遊ぶ際に笹川先生もその場にいて、一緒に遊んでいた――とか考えていたのかもしれないが、これで腑に落ちたらしい。
……まぁ今そういうことって本当はどうでもいいはずなので、多分空気を変えるチャンスだと思って、全力で笹川先生の話に乗っただけだろうけど。
「保育士の立場を使って幼い子を誘惑するなんて、ずるい……」
笹川先生に甘えている心愛を見て、美咲はボソッと呟く。
俺にしか聞こえていないようだけど、この子は先程心愛を取られたことをまだ根に持っていたらしい。
別に心愛は、保育士だから笹川先生に懐いているのではなく、笹川先生だから懐いているだけなのだが。
そんなこと頭がいい美咲なら理解しているだろうに、よほど笹川先生に負けたくないようだ。
――結局、笹川先生たちの登場と、自身の失言のオンパレードにより立つ瀬がなくなった美咲のお父さんは、俺と美咲のことを認めてくれた。
まぁ、笹川先生たちが登場する前にはもう俺のことを認めようとはしてくれていたらしいので、彼女たちの登場が最後の後押しになったのだろう。
これで、話は終わりだと思ったのだけど――。
「私、来斗君の家に泊まるから。いいよね、お父さん?」
もう父親は強く言ってこられない――と気が付いたのか、美咲はニコニコの笑顔で交渉に出たのだった。