第127話「欲望に忠実なマドンナ」
「美咲、何を……!?」
躊躇いなく爆弾を放り込んでくれた美咲に対し、俺は声をかける。
しかし美咲は俺のほうを見ようとはせず、笑顔のまま再度玄関に向けて口を開いた。
「帰れって言ったのはお父さんだからね……! 後で怒らないでね……!」
美咲はそう言うと、今度は俺に視線を戻してきた。
「それじゃあ来斗君、帰ろっか?♪」
満面の笑みを浮かべながら、ギュッと俺の腕に抱き着く美咲。
かなりご機嫌そうだ。
ここで俺たちが帰れば、余計に話が拗れてまずいことになるが……。
そう思って美咲の顔を見つめていると、ある考えが頭に浮かぶ。
……なるほど、そういうことか。
美咲の意図がわかり、俺は笑顔で頷いた。
「あぁ、帰るか」
俺たちは一緒に踵を返す。
そして、家に帰ろうとすると――
「ちょっと待て!!」
――ガラッと音を立てながら、勢いよくドアが開いた。
それもそうだろう。
愛娘が、よくわからない男に連れて帰られようとしているのだから。
こうなると予想していて、美咲は父親が自らドアを開けるように、わざと帰るふりをしたのだ。
――と、思ったのだけど……。
「むぅ……」
玄関から出てきた父親を見て、美咲は不満そうな声を漏らした。
もしかしなくても、本気で美咲は俺の家に帰るつもりだったようだ。
まじでこの子、自分の欲望に従順すぎるだろ……?
拗ねるかわいい彼女の顔を横目に、俺は戦慄した。
「美咲、お前の帰る家はここだろ……!」
美咲の父親――爽やかそうなイケメンのおじさんは、現在怒りのあまり顔が歪んでしまっている。
親の敵ならぬ、娘の敵のように俺の顔を見ていた。
うん、俺は何も悪くないけどな……?
……いや、勘違いして美咲に乗ったのが、やらかしだったか。
「私の大切な彼氏さんに、酷いことを言うお父さんのもとには帰れません」
美咲はわざとらしく、敬語で実の父親と話す。
それは言葉だけでなく拒絶の姿勢を示しているんだろう。
「何を言おうと、私は交際など認めないからな……! そもそも、お前だって恋愛はしないとずっと言っていたじゃないか……!」
美咲父は、落ち込む姉の姿に影響された美咲の言葉を持ち出す。
俺にも直接言っていたくらいだし、昔から美咲は言っていたんだろう。
それが今となっては自身の汚点になっているのか、美咲は嫌そうに口を開く。
「気が変わったの……!」
「そんな、勉強もたいしてできず、学友とうまく付き合っていくこともできない男なんざに、たぶらかされおってからに……!」
「私の気持ちが変わるくらいに、来斗君が素敵な人だったって、どうしてわからないの……!?」
美咲と美咲父は、玄関前だというのに言い合いを始めてしまう。
これは、ご近所さんの噂になりそうだ。
「あの、ここでそんな言い合いを始めるのは――」
さすがにまずいな、と思った俺が止めようとすると。
「――わぁあああああん!」
なぜか、腕の中にいる心愛が泣きだしてしまうのだった。