第123話「恋は盲目」
「美咲は創作物と現実を一緒にしないだろ?」
彼女がオタクという話は聞かないし、俺と一緒にいる時に漫画やアニメを見るようなこともしない。
たいてい心愛の相手をしているか、俺に甘えているかだ。
『まぁそうでしょうけど、一般的には負けヒロインなのよ』
「うん? まぁ……そういうものなのか」
何が一般的なのか、よくわからないけど。
鈴嶺さんが言うのなら、そうなのだろう。
「とりあえず、美咲をどうにかしろってことはわかったし、俺もさすがに止める必要があると認識を改めたよ」
そうしないと、夏休み明けに地獄を見そうだ。
それどころか、あることないこと噂で広まる未来が見える。
『えぇ、それと忠告が一つ』
「忠告……?」
なんだ、その怖い言い方は。
『むしろこっちが本題と言ってもいいわ。美咲が浮かれていることは、あなたも理解しているわよね?』
「そりゃあ、毎日一緒にいるわけだしな……」
『浮かれていることを私が知っていることからも察することはできると思うけど、あの子家でもあの調子だと思うわよ? そして、あそこまで酷くはなかったけど、亡くなった旦那さんが彼氏になったばかりの時の美空さんも、あんな感じだったわ』
「…………」
鈴嶺さんが何を言いたいのかわかってしまった俺は、冷や汗が背中を伝う。
笹川先生が美咲に自分を重ねていたように、やはり今の美咲は昔の美空さんと近しいところがあるんだろう。
それはつまり、当時の笹川先生を知っている人からすれば、美咲に彼氏ができたとわかるということだ。
『それで問題は、美咲のお父さんって、美空さんの件があったから娘の恋愛に過度な反対派になっているの。多分美咲は、美空さんの家や私の家に遊びに行くと言って、あなたの家に行っていると思うんだけど――十中八九、気付かれているわよ?』
彼女の忠告に、俺は頭が痛くなる。
鈴嶺さんが電話してきたということは、今まで美咲は泳がされていて、そろそろやばい状況ということだろう。
「美咲は何か言われている様子がないんだが……」
過度な反対派の父親なら、娘を泳がせていても小言くらいは言っていそうな気がする。
だとすれば、美咲も気にしている素振りを見せると思うんだが――。
『恋は盲目って、よく言ったものよね』
苦笑するように鼻で笑いながら、その言葉を返してきた鈴嶺さん。
つまり、美咲がのぼせ上っているから周りが見えていないということなんだろう。
親に小言を言われても、気が付いていないらしい。
しまったな……もう少し、美咲の周囲にも気を配っておくべきだった。
「乗り込んできそうか……?」
『明日土曜日だからね、おじさん仕事が休みのはずよ』
「なるほどな……。できれば、もう少し早く教えてくれれば嬉しかったんだが……」
『私、部外者だもの』
美咲の幼馴染であり、一番の親友である彼女だけど、俺との関係に関しては当事者ではない。
だからギリギリまで静観していたというわけか。
『それと、意趣返しもあるかも』
「……なんでだ?」
『警戒心剥き出しにされると、いい気はしないわ』
なるほど……よほど、美咲は俺の件で鈴嶺さんを牽制しているということか。
本当に犬みたいな子だな……。
心優しい、他人思いな子なんだけど……。
「不快にさせてごめん」
彼女が迷惑をかけているのなら、彼氏である俺が謝らないといけない。
そう思って謝ったのだけど、鈴嶺さんはクスッと笑い声を漏らした。
『いいわ、幼馴染なんだし』
それはどちらのことを言っているのかわからなかったけど、彼女の声色が優しいものになったので怒ってはいないようだ。
「忠告もありがとうな」
『ふふ……まぁ、これで少しでも恩を返せたのなら、いいわ』
「なんの話だ……?」
『なんでもないわ、おやすみなさい』
鈴嶺さんはそれだけ言うと、上機嫌そうに通話を切ってしまった。
あからさまに誤魔化されたことから察するに、俺に追及されるのを避けたのだろう。
彼女の発言が気になるものの、今は目の前に迫った問題のことを考えなければならない。
「――先手必勝か……」
向こうがタイミングをはかっていたというのなら、そのタイミングと計画を崩してこちらのペースに持ち込んだほうがいい。
そう思った俺は、すぐに美咲へと連絡するのだった。