第119話「逆効果」
「んっ……♡」
美咲は少し高めの声を漏らしながら目を閉じた。
頬は緩んでいるので、嬉しそうにしているように見える。
しかし――。
「あっ……なんで、頬なの……!」
思い出したかのように、突然怒りだした。
「今喜んでたんじゃないのか?」
「それとこれとは話が別……! これじゃあ逆効果だよ……!」
美咲は喜んでいたことを否定はせず、別のことだとアピールしてきた。
つまり、嬉しいとは思ってくれていたようだ。
その上で、自分の要求が満たされていないので怒っているらしい。
というか、下手にキスをしたことで更に欲求が強くなったようだ。
忙しい子だな。
「頬のキスはしないほうがいいか?」
「それは……してくれたほうが嬉しいけど……。でも……! てか、わかってて聞いてるよね……!?」
美咲は複雑そうしながらも、先程と同じように再度確認を取ってくる。
本当に素直な子だよな――と思いつつ、俺は美咲の頭を撫でた。
「わかってるけど、俺としては落としどころを探したいかな」
このまま学校が始まると、美咲が俺からいっさい離れないのは目に見えている。
まぁ正直そこは問題ないと言えば問題ないのだけど、問題は今のようにベタベタしてくる可能性が高いということ。
教室や廊下などでキスを求めてきたりなんてしたら、バカップルとして広められてしまう。
さすがにそういうのは避けたい。
「私は譲りません……!」
よほどキスがしたいのか、美咲は断固たる決意を見せながら俺の目を見つめてくる。
ここまで意地を張られるというのはさすがに予想できなかった。
「どうしてもか?」
「どうしても……!」
「じゃあ、今から一緒にベッドで寝るのとどっちがいいか聞いたら、どうする?」
「えっ……?」
話の流れを一気に変えるように別のことを提案すると、美咲は驚いたように瞳を揺らす。
まさかこんな提案をされるとは思っていなかったらしい。
今日は勝手にベッドへ潜り込んでいた美咲だけど、普通に考えて一緒に寝られる機会は中々ないだろう。
美咲もそれはわかっているようで、迷い始めたように見える。
「せっかく朝早くから来たんだし、邪魔をする人もいないから、一緒に寝たいなら寝られるけど?」
これは我慢したことになるのか、ということはともかく、同程度の魅力的な提案ができた時、美咲の意思が逸れるのかどうかを確認しておきたかった。
もし逸れるのであれば、今後の対策の役には立つだろう。
――まぁ、その同程度の魅力的な提案をすることが、重要で一番難しいのだけど。
自分で言っておいてなんだけど、この添い寝だってキスと同等の提案ができているかどうかわからないし。