第116話「甘えたがり彼女」
「膝の上に座るか?」
まだ納得できずに俺の胸にグリグリと顔を押し付けてくるかわいい彼女に対し、俺は優しい声を意識しながら耳元で囁く。
「んっ……」
彼女は迷うことなく頷き、俺の胸から離れた。
俺が座らないと膝に座れないからだろう。
相変わらず自分の欲求に正直というか、その欲求を満たせるものには抵抗なく素直に従うようだ。
――まぁかわいいからいいのだけど。
「おいで」
俺は椅子に座るなり、両手を広げる。
一応心愛が見えるようには座っているので、あの子が起きても大丈夫だろう。
――と、思ったのだけど……。
「美咲、その座り方は困るんだが……?」
美咲はいつものように俺に対して横向きに座るのではなく、今回はなぜか俺と向かい合うように座ってきた。
当然、膝の上に座られているのだから、目の前は美咲で覆い隠されてしまう。
これでは心愛が見えないので起きた場合気付けないし、何より目のやり場に困ってしまうのだ。
「キス……」
熱を帯びた息を吐きながら、美咲は潤った瞳でジッと俺の目を見つめてくる。
どうやらキスをしたくて、向かい合わせに座ったらしい。
……しまったな、逃げ場をなくされた……。
俺から誘ったとはいえ、現在美咲は俺の両足に跨いで座っている。
つまり、立ち上がろうにも彼女が避けてくれなければ立ち上がれないのだ。
もちろん、軽い彼女なら強引に持ち上げることはできるだろう。
しかし、持ち上げようとすれば絶対に美咲は抵抗をするし、暴れもする。
そうなれば彼女に怪我をさせかねないので、俺は無理矢理動くわけにはいかなかった。
「美咲、駄目だよ?」
俺は刺激しないようにしながら、優しく美咲の頬を撫でる。
下手に刺激すると、ムキになった美咲が強引にキスをしようとする可能性があるのだ。
そうなれば躱せないというか、押し切られかねないので、気を付ける必要があった。
「んっ……」
くすぐったかったらしく、美咲は目を細めたが、撫でられることを拒絶しようとはしない。
むしろ、自分から頬を押し付けてきて、もっと撫でてと言わんばかりのアピールをしてきた。
俺が今しがたした注意は聞いていなかったようだ。
かわいいんだけどな……。
付き合っていることからもわかる通り、甘えてくる美咲のことを俺は好きだ。
だから本当なら沢山甘やかしてあげたいし、好きにさせてあげたい。
だけど、そうすると俺だけでなく美咲自身が困ることにもなりかねないので、線引きをするしかなかった。
甘えたがりの彼女なら、俺がしっかりしないとだ。
「今日一日我慢すればいいだけなんだよ?」
「できないもん……」
再度声をかけてみると、美咲はまるで幼子かのような口調で唇を尖らせてしまう。
う~ん、まぁ……まだ朝だしな……。
一日が始まったばかりともいえる時間なのに、一日我慢しろというのは可哀想なのかもしれない。
――と思うが、ここで俺が折れるとなしくずしになるのは目に見えているので、させないのだけど。