第115話「今か後か」
「いじわるというか、線引きは必要だからな。学校でキスなんてしたら大事だぞ?」
彼氏ができたという事実があったからといって、美咲の人気の高さは今もなお健在だ。
告白をしてくる男子が激減したとはいえ、皆俺たちが別れるのを待っていることだろう。
そんな中、美咲が学校でキスをしてきたらどうなるのか――軽い騒ぎが起きるに決まっている。
そして、元凶である俺たちが先生たちから叱られること待ったなしだ。
絶対にそういうのは避けなければならない。
「私だってそれくらいの我慢は出来るよ……!?」
俺の言葉が納得いかなかったらしく、美咲は少し怒りの色を見せる。
先程、キスはもう終わりと言ったことを根に持っているのもあるんだろう。
だけど、俺の勘が言っている。
この言葉は信じたら駄目だ。
「本当に?」
「なんで疑うの……!?」
「休み時間、二人きりになってキスしようとしたりもしないのか?」
「…………」
具体的な例を出してみると、美咲は黙り込んでしまう。
それどころか、思い当たることがあるかのように俺から視線を逃がした。
もう答えが出ているじゃないか……。
「やっぱりな……」
「ち、違うよ!? 大丈夫だもん……! ちゃんと学校では我慢するから……!」
俺が線引きをしたと感じ取った美咲は、縋るように俺の胸にくっついてきた。
俺だって別にいじわるでやっているわけではなく、彼女に求められて嬉しくないはずもない。
だけど、このままではお互いが困ることになりそうなので、やめようというわけだ。
まだ夏休みは始まったばかりだというのに、この調子で残りの期間も過ごそうものなら、美咲の欲求は更に増すことは目に見えているのだし。
「それじゃあ、いったん今日は我慢してみようか? それができたら、明日以降はここまでの線引きはしなくていいから」
俺も初めてなことなので、どうすれば美咲が我慢できるようになるのか、どこまでなら大丈夫なのかというのはわからない。
手探りではあるが、少しずつ試してハッキリとさせるのが現実的だろう。
少なくとも、今日これ以上我慢できるのであれば、彼女もある程度我慢できるという証明にはなるのだし。
「うぅ……」
美咲はそれも嫌なのか、グリグリと顔を俺の胸に押し付けてくる。
……まぁ甘えん坊の彼女には、少し酷か……。
せっかく楽しみで、朝早くから来ていたわけなのだし。
「他のことならいいから、な?」
俺は美咲の体を優しく抱きしめ、頭を優しく撫でる。
キスは万が一心愛が目を覚ました時に教育として悪いが、甘やかしているだけなら見られても大して問題はない。
そして――母さんが帰ってくるまで彼女が家にいるのなら、俺が一人で彼女を送ってキスできるタイミングを作ることもできるだろう。
問題は、それを今伝えるのとその時に言うとので、どちらが美咲の我慢の練習になるのか――ということだけど。