第111話「さすが」
「ふぅ……疲れた……」
家に入った俺は、ドッと疲れが押し寄せてきて溜息を吐いた。
今日一日、やけに長かったように感じる。
それだけ、いろいろなことがあったということだ。
「美咲、仲良く帰ってくれるといいけど……」
少しだけ、心配になる。
なんだか美咲は笹川先生のことを敵視している気がするし。
まぁ俺が、そう思わせるようなところを見せてしまったのかもしれないけど……。
笹川先生に憧れを抱いていたところはあるから、今後誤解を生まないように気を付けないといけないな……。
「――遅かったわね?」
靴を脱いでいると、突然声をかけられた。
てっきり寝ているものかと思ったけど……。
「母さん――って、なんで心愛を抱っこしてるんだ……?」
声がしたほうを見ればパジャマ姿の母さんが立っており、その腕の中には心愛がいた。
心愛は母さんの胸に顔を押し付けているので、寝ているのだろう。
「大変だったのよ? にぃにがいないって泣き叫んでたんだから。それでさっき、泣き疲れて寝たわけ」
俺と同じように母さんも疲れていたようで、溜息交じりに言ってきた。
その言葉に俺は驚きを隠せない。
「まじか……普段寝たら全然起きないのに……」
「本能的に来斗がいないことを感じ取ったのかもね。それよりも、終電の時間は過ぎてるし、先程車の音が聞こえたから、もしかして美咲ちゃんの親御さんに送ってもらったの?」
母さんは俺に心愛を渡してくることはなく、疑問に思ったことを聞いてくる。
「いや、笹川先生が送ってくれたんだ」
「笹川先生が? どうして?」
そういえば、美咲が笹川先生の妹だってことを伝えてはいなかったか。
繋がりが見えていないんだろうな。
「美咲は笹川先生の妹なんだよ」
「あ~、道理で……! 似てるなっとは思ってたのよ! だから来斗と付き合ってるのかなって思ってたし!」
納得したようにウンウンと頷く母さん。
ちょっと聞き捨てならないことがあった。
「だからって、どういうこと……?」
「だってあなた、笹川先生に惹かれてたでしょ? それで、よく似てる美咲ちゃんと付き合うことにしたのかなって」
「…………」
なんていうか、俺は母さんをまだ侮っていたらしい。
まさか、気付かれていたとは……。
「そういうんじゃないよ。美咲自身が魅力的だから付き合っているんだ。間違っても、美咲にそういうこと言わないでよ?」
どう考えても、美咲の中で笹川先生に対する敵意が膨れ上がるからな。
その上、変な誤解を生むだろうし。
「言うわけないでしょ。それにしても、なるほどねぇ……」
いったい何がなるほどなのか。
聞くとめんどくさそうなので、わざわざ聞いたりはしないが。
「悪いけどもう少しだけ待っててくれる? すぐにシャワー浴びてくるから」
本当は風呂に入りたいところではあるけれど、明日も仕事がある母さんをあまり起こしておくわけにはいかないので仕方がない。
「こんな時間まで何してたの――とか、終電がなくなるほど見境がなくなるのは駄目よ――とか、話さないといけないことはあるんだけど、まぁいいわ。わざわざ言わなくてもわかってるだろうし」
それはもう言っているんじゃないだろうか?
と思うものの、ネチネチと言われるわけではないようなので助かった。
「心配しなくてもしっかりとやるよ」
「終電逃して彼女のお姉さんに送ってもらった男が言えることではないけどね?」
「うぐっ……」
それを言われると、反論できない。
美咲に引き留められていたとはいえ、残ることを選んだのは俺なんだし。
「相手の親御さんを敵に回さないようにだけ気を付けなさいね~」
母さんはそう言うと、心愛を抱っこしたままリビングに戻っていった。
言われなくてもわかっているんだけどな……。
俺は少し不満を抱きながら脱衣所に行くと、美咲からメッセージが来ており、明日朝から行ってもいいかという内容だった。
まぁあの様子から、こう言ってくることはわかっていたのだけど――あまり我慢させても良くないので、俺はオーケーのスタンプを送るのだった。