第108話「姉を大切にしろ」
「……♪」
現在笹川先生の車で家に送ってもらっている中、後部座席に一緒に座っている美咲は俺と手を繋いでいてご機嫌だった。
彼女は付いてくる必要がなかったのだけど、半ば強引に付いてきた感じだ。
俺としても、笹川先生だけだと俺がいなくなった後に万が一のことがあるかもしれないので、美咲が付いてきてくれることは有難かった。
美咲同様、笹川先生も凄くモテるだろうから、ストーカーの一人や二人いてもおかしくないのだ。
「お二人は、本当に仲が良くていいですね」
ミラー越しに、美咲がニギニギと俺の手を握っているのが見えているんだろう。
笹川先生は運転しながら優しい笑顔で話しかけてきた。
「だって恋人だもん♪」
美咲はそれが嬉しかったらしく、ニコニコの笑顔で姉に応える。
幸せいっぱいという笑顔は見ていて心が温かくなるけれど、同時に気恥ずかしくもあった。
あれだけいちゃいちゃしていても、まだ本当の恋人というのに慣れていないようだ。
「ふふ……」
笹川先生は素敵な笑みを浮かべると、また運転に集中し始める。
妹の嬉しそうな笑顔を見て満足したようだ。
終始、俺たちのことに巻き込まれたり迷惑をかけられたりしても、この人は嫌な顔を一切しなかった。
どこまでも優しい人なのだろう。
美咲の根があんな甘えん坊になったのは、間違いなく笹川先生が関係しているはずだ。
「お姉ちゃん、また来斗君をマンションに連れてきてもいいよね? 心愛ちゃんも遊びに来たがると思うし」
姉がご機嫌だからか、それとももうすぐ俺の家に着くからか。
美咲は姉の言質を取りにいった。
心愛のことを持ち出したのは、姉に心愛の面倒を見させる気なのだろう。
そうすれば、俺と二人きりの時間が作れるのだから。
「もちろんだよ。白井さん、私は事前にご連絡を頂ければかまいませんので、いつでも来てくださいね」
人がいい笹川先生は俺を拒むことはなく、むしろ歓迎してくれるようだ。
ただし、今日みたいに連絡もなしに来るのはやめてくれ、という遠回しの注意はもらってしまった。
彼女も家では気を抜いていたいだろうし、そんなところに突然妹の彼氏やら園児が来たら困るので仕方がない。
というか、連絡もなしにお邪魔するつもりはなかった。
今日はいないと聞いていたから――というのがあって、笹川先生に連絡をしていなかっただけで。
「ありがとうございます」
「ありがとう、お姉ちゃん」
俺がお礼を言うと、美咲もニコニコの笑顔でお礼を言った。
そして、期待したように俺の顔を上目遣いで見てくる。
「いつでも来ていいんだって?」
わざわざ美咲は強調するように言ってきた。
明日すぐにでも来いと言われているのか、ほぼ毎日来いという意味が込められているのか――その辺はわからないけど、笹川先生に迷惑はなるべくかけたくない。
彼女がゆっくりできる時間を作るためにも、極たまに遊びに行かせてもらう程度だろう。
そうしないと、心愛も味を占めてしまうし。
あの子は本当に笹川先生が大好きなので、数日に一回遊びに行くようになってしまえば、毎日連れて行けと言うようになりかねない。
その辺の調整も必要だった。
何より、定期券で俺の家にこられる美咲とは違って、俺の場合は学校と逆側だから笹川先生のマンションに行くためにはそのたびに切符を買わないといけない。
金銭的にも毎日なんて到底無理だ。
なんなら、数日に一回でも正直痛いのに。
「基本的には、美咲が来てくれると助かるかな」
「……そっか、お姉ちゃんを連れていけばいいんだ」
「おい……」
どうしても俺と二人きりになりたい美咲は、すぐにそう代案を思いついてしまったらしい。
頭が回るのはいいことなのだけど、もう少し姉のことを大切にしてあげろよ……と俺は思うのだった。