第107話「彼女の決断」
「そ、そっか、えへへ……」
美咲は照れくさそうにしながらも、だらしない笑みを浮かべた。
俺が舞い上がっていることが嬉しかったらしい。
単純だけど、そんなところもかわいいと思ってしまう。
「行こっか」
「あっ……うん♪」
優しく手を取ると、それも嬉しかったらしく美咲はすぐに自分から指を絡ませてきた。
そしてニギニギと甘えるように握ってきたので、俺も優しく握り返す。
すると美咲はまた《えへへ》とかわいらしく笑い、俺たちは仲良く美咲の部屋を出た。
そのまま、リビングに向かうと――。
「……っ。……っ」
笹川先生が、ソファに座って船を漕いでいた。
さすがに待たせすぎたようだ。
……いや、うん。
まずいな……。
「これは、帰れないね……?」
美咲は残念そうにしながら俺の顔を見上げてくる。
だけど、口元はにやけていた。
これで俺が帰らなくて済むと思ったようだ。
俺としても、笹川先生を起こしてまで家に送ってもらうっていうのは気が引ける。
「仕方ない、最悪歩いて帰るか」
「そこまでする!?」
俺がまだ帰ろうとするのは意外だったらしく、美咲は声をあげる。
「まぁ二駅だから歩いて帰れない距離じゃないしな。タクシーはお金がもったいないし、仕事がある母さんを電話で起こして迎えにきてもらうのも悪い」
「うぅ……わかったよ……」
美咲はそう言うと、俺から手を離して肩を落としながら笹川先生へと近付いていく。
「お姉ちゃん、起きて。来斗君が帰れないから」
彼女は優しく姉の頬をポンポンッと叩く。
意外にも、自分から笹川先生を起こしてくれてるようだ。
「無理に起こさなくていいぞ?」
「来斗君を歩いて帰らせるわけにもいかないでしょ……。遠いし、夜道だし……」
どうやら俺のことを心配して、自分の気持ちよりも姉を起こすことを優先してくれたようだ。
こういうところを見ると、やっぱり子供というだけでもないんだよな。
元々彼女は他人と一線を引いているだけで、気遣いができる優しい女の子だったわけだし。
「ありがとうな」
「……本当は、帰ってほしくないけど……こればかりは、仕方ないもん……」
美咲は少し拗ねたように唇を尖らせながら、姉の頬を叩き続ける。
若干力が増した気がしなくもないけど、多分気のせいだろう。
やがて、笹川先生は目を覚ますと――
「大変お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません……!」
――なんだか、平謝りをしてきたのだった。
別に、謝るほどのことでもないのに……。