第106話「表裏」
「――もう一回……」
やはり、美咲は二度目のキスで満足しなかった。
息継ぎのために口を離せば、すぐに次を求めてくる。
既に数度繰り返しており、もはや危惧した通りエンドレス状態に突入していた。
「さすがに、もう駄目だ。時間がまずいから」
俺は美咲の両肩に手を置き、近付けてくる顔から距離を取る。
それによって美咲は捨てられた仔犬のように悲しそうな表情を浮かべるのだけど、もう折れてあげることはできない。
なんせ、俺が帰らなければ笹川先生が寝ることができないのだ。
たとえ彼女が寝たいと思っていても、俺を送るために起きていなければいけないというのが、今の状況なのだから。
これ以上、待たせるわけにはいかない。
「そう焦らなくても、恋人なんだからいつでもできるんだし、今日は我慢してくれ」
明らかに美咲がまだしたそうにしているので、俺は優しい声と言葉を意識しながらなだめてみる。
求められるのは嬉しいのだけど、さすがに我慢してもらわなければいけない状況では我慢してもらいたい。
ここをいい加減にしてしまうと、お互いのためにならないだろう。
「次、いつ……?」
美咲は上目遣いに尋ねてくる。
まだ納得はしてなさそうだ。
「明日も家に来るんだろ?」
「…………」
明日のことを持ち出すと、『言いたいことは言わなくてもわかってるだろ』、とでも言わんばかりの表情で美咲は無言で俺を見つめてきた。
当然、俺も彼女が言いたいことはわかる。
明日家に来たからといって、そのままできるかと言われれば、そうじゃない。
もうわかりきったことではあるが、心愛がいるのだからあの子を放っておくことはできないし、教育上こんなキスをしているところを見せることもできない。
だから、するとしてもあの子が寝た時だけど――万が一目を覚まされたら困るので、タイミングは結構気を付けないといけないのだ。
簡単に言えば、しないのが無難だろう。
美咲は俺が拒絶すると思っていて、こういう目を向けてきているのだ。
「心愛は絶対お昼寝をするから、その時なら……」
「……わかった」
渋々という感じだけど、美咲は首を縦に振った。
思うところはあるみたいだが、呑みこんでくれたようだ。
これは約束をしたようなものなので、多分明日守らなかったらかなり不機嫌になると思う。
「それじゃあ、笹川先生のところに戻ろうか」
帰るには笹川先生にお願いしないといけないため、俺は美咲の部屋を出ようとする。
しかし――
「……私、男の子ってもっとがっついてくるものかと思ってた……。来斗君は、私のことあまり好きじゃないのかな……?」
――キスをしてもなお俺が冷静でいるので、美咲はまた不安になってしまったようだ。
まぁ確かに、美咲のような美少女と彼女の部屋でキスをしたりしたら、大抵の男子はそのまま押し倒しそうな気がする。
少なくとも、求められて断るというのは難しいだろう。
とはいえ、俺だって――。
「心愛のことがあるから流されるわけにはいかない状況にあるのと、顔や態度に出さないようにしてるだけで、十分内心舞い上がっているよ」
なんせ、人生で初めてのキスをしたのだ。
俺だって思春期なのだから、内心まで平然としているはずがなかった。
心愛の面倒を見るために帰らないといけない、というのがなければ流されていたと思う。