第102話「代案とお願い」
「――そろそろ帰らないとまずいな……」
てっきりある程度時間が経ったら笹川先生が部屋に来ると思ったのに、数時間前にやった間の悪いタイミングで来てしまうというのと同じことをしないように避けているのか、彼女が部屋に来る気配はない。
普通に日が変わってしまっているのだけど、さすがに帰らないとまずいだろう。
「…………」
「いや、そんな寂しそうな表情をしたって駄目だよ。泊まるわけにはいかないんだし」
無言で縋るような目を向けてきた美咲に対し、俺は苦笑いを返す。
いつまでもズルズルといくわけにはいかないのだ。
「泊まっても、私はいいよ……?」
すると、美咲はとんでもない提案をしてきた。
この子、のぼせるとここまで物事の判別がつかなくなるのか……。
今まで変な男に引っかからなくて、本当によかった。
「笹川先生が許すはずがないだろ……?」
「大丈夫、お姉ちゃんなら説得できる」
よほど俺を引き留めたいのか、力強く言ってくる美咲。
確かに優しくて妹に甘いあの人なら、許してくれそうな気もする。
というか、美咲がお願いしたら普通に許しそうだ。
だからこそ、ここで美咲を説得しないといけない。
「明日母さんは仕事だから、俺は帰っておかないといけないんだ。そうしないと、心愛の面倒を見る人がいないから」
俺は心愛のことを持ち出す。
美咲は心愛のことを優先的に考えてくれるので、それで引き下がってくれるだろう。
――と思ったのだけど……。
「……心愛ちゃんを連れに行けば、泊まれる? 来斗君を送りに行って、私たちはそのまま帰ってくる予定だったんだから、心愛ちゃんを連れて帰るようにしても大して変わらないね?」
美咲は瞬時に代案を出してきた。
彼女と笹川先生からすれば行き来の回数は変わらない、ということまで一瞬で気が付いたようだ。
だけど――違う、そうじゃない。
それはいろいろと俺が困る。
母さんに絶対からかわれるし、移動の最中に心愛がもし起きたら大泣きをするだろう。
その上、笹川先生がいることに気が付いたら寝ないかもしれない。
そしたら笹川先生にも迷惑をかけることになる。
何より、こんな遅い時間に送ってもらうだけでも気が引けるのに、往復なんて頼めるわけがない。
どう考えても、おとなしく俺が家に帰ったほうが丸く収まるはずだ。
……まったく美咲は、どれだけ俺を泊まらせたいんだよ……。
「明日また家に遊びに来るんでしょ? それで我慢してほしい」
「でも、心愛ちゃんが起きてる間、甘えられない……」
心愛が起きていれば当然、俺は心愛を優先する。
そして心愛は心愛で美咲と遊びたがるので、美咲が俺に甘えることは難しい。
だから彼女は、俺を独り占めできているこの時間を終わらせたくないようだ。
美咲の気持ちはわかるのだけど……。
「悪いけど、こればかりは譲れないかな……」
聞けるなら我が儘を聞いてあげたいところではあるのだけど、時には我慢してもらうことも大切だと思う。
心愛はお昼寝をするので、その時間で美咲を甘やかすしかない。
「うぅ……」
美咲はグリグリと俺の胸に顔を押し付けることで、不満をアピールしてくる。
本当に、依存されてるよな……。
「――それじゃあ、一つだけお願い聞いてくれたら、我慢する……」
美咲の頭を撫でてあやしていると、美咲はゆっくりと口を開き、そう言ってきたのだった。