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第101話「遠慮のない甘えん坊」

「――あっ、私たちのことは気にせず、ゆっくり食べてくれたらいいからね?」


 リビングを出ようとすると、美咲は笹川先生のほうを振り返り、笑顔で伝える。

 姉に気を遣った一言に聞こえるが、その意味は多分いちゃつく時間のためにゆっくり食べてくれ、みたいな感じなんだろう。


 いよいよ欲望に正直になっているな……。


 ――いや、ここに来てからはずっとか。


 俺たちは仕方なさそうに笑う笹川先生を残し、美咲の部屋へと移動をする。

 すると、彼女はすぐに何かを期待するように俺の顔を見上げてきた。


「何がご所望で?」


 甘えたいんだろうな、というのはわかりつつも何をしてほしいのかはわからないので、直球で美咲に聞いてみた。

 美咲はパチパチと瞬きをし、困ったように視線を彷徨わせ始める。

 あれだけ甘えてきていたくせに、一度間が空いたせいか言葉にするのは恥ずかしいようだ。


 そのせいか俯いてしまい、クイクイッと弱々しく服を引っ張ってきた。

 美咲はそのままベッドを指さす。


「あっち……」


 どうやらベッドの上で甘えたいようだ。

 さすがに、一緒にベッドに入ろうということではないと思う。


「――おいで」


 ベッドに座ると、俺はデジャヴを感じながら両手を広げる。

 それにより、美咲は言葉にしなくとも嬉しそうに頬を緩め、またゆっくりと俺の膝の上に座ってきた。

 そして、スリスリと頬を俺の胸に擦り付けてくる。

 瞬く間に甘えん坊モードに突入したようだ。


 俺は左手で美咲の体を抱きしめながら、右手で丁寧に彼女の頭を撫でて口を開いた。


「改めて思うけど、今日が付き合ったばかりだとは思えないよな、これ……」


 ふと思ったことだが、正式に付き合ったのは数時間前のことだ。

 普通はまだ初々しさが残る段階だと思うのだけど――お互い、甘やかす側と甘やかされる側の違いはあれど、遠慮がなくなっている気がする。


「まぁ……元々、付き合ってたのは付き合ってたんだし、甘やかしてももらってたから……」


 美咲は赤くした顔を隠すように俺の胸に(うず)める。

 あまり触れてほしくない話題だったようだ。


 実際、正式に付き合う前から彼女は甘えてくるようになっていたので、これは延長みたいなものなのだろう。

 というか、正式に付き合うようになったから、遠慮せず甘えられるようになった感じか。

 甘えてくる美咲はかわいいので、遠慮せず甘えてもらったほうが俺も嬉しい。


「学校の連中が今の美咲を見たら、どう思うんだろうな?」

「そういういじわるは、言わなくていいです……」


 美咲はグリグリと顔を押し付けてきて、不満をアピールしてくる。

 本人も自身のギャップを自覚しているようだ。


 実際、少し前までは学校でこんな甘えん坊の姿なんて、微塵も感じさせなかったもんな……。

 多分美咲が甘えん坊だって知っていたのは、彼女の友人でも鈴嶺さんくらいだろう。

 それくらい美咲は、上手に隠していた。


「……来斗君は、こんな私は嫌……?」


 俺が(つつ)いていたことで不安になったのか、美咲は口を俺の胸に押し付けたまま、顔色を窺うように俺の顔を見上げてきた。

 そういえば、心配性なところもあったんだったな。


「好きに決まってるだろ」


 そうじゃなければ、こうして甘やかしていないのだし。


「――っ。そ、そっか」


 美咲は面食らったようにあからさまに動揺をする。

 そんなに意外だっただろうか?

 嫌なことは嫌とはっきり言うと伝えているように、その逆の場合でも、場所と状況にもよるが俺はちゃんと答えるのにな。


「……♪」


 動揺はしたけど嬉しくはあったようで、美咲はすぐにまた俺の胸に顔を擦りつけてきた。

 こんなにもかわいい甘えん坊の彼女を、嫌だと思う男はきっとこの世にいないと思うんだが。


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