第10話「食べさせ合いっこ」
「幼馴染には普通話すんじゃないのか、こういうのは……?」
納得がいかなかったので、尋ねてみる。
「だって、氷華ちゃんは怒ると怖いから……。偽カップルなんて、絶対怒られるし……」
まぁ、気持ちはわからないわけではない。
鈴嶺さんも、黒雪さんに劣らず美少女だ。
というか、大人びてるので美人というのが正しいかもしれない。
そして、顔が整った美人だからこそ、クールになっていると怖いのだ。
結構言い方もきつくて、一部の男子以外には全く人気がない。
もちろん、一部の男子というのは、なじられて喜ぶ連中だ。
「そういえば、朝の騒ぎで鈴嶺さんを見ていない気がするんだが……休みか?」
「うぅん、来てる……」
「じゃあ、どうして顔を出さなかったんだろ……?」
彼女の性格は冷たい印象が強いが、女子に対しては比較的優しいところがある。
だから去年のバレンタインデーは、女子たちからいっぱいチョコをもらっていた。
そういえば、告白されて困っている黒雪さんを放置しているところがあるし……噂ほど、仲良くはないのか?
「それがわからなくて、私も怖いんだよね……。チャットアプリで、これからのお昼は来斗君と一緒に食べるって送った時も……『わかった』の一言だけだったし……」
うん、それ怒ってないか?
「幼馴染なのに付き合っていることを話してなかったから、怒ってるのかもしれないな……」
「やっぱり、そうだよね……? うぅ、どうしよう……怒った氷華ちゃん、本当に怖いのに……」
美咲は自身の体を抱きしめ、ガクガクと震え始める。
彼女はおしとやかでしっかりしているのに、意外と抜けているところもあるみたいだからな……。
幼馴染の鈴嶺さんには、昔から叱られていたのかもしれない。
「どっちみち怒られるなら、偽カップルのことを正直に話したほうが良くないか?」
「駄目だよ……! 氷華ちゃん、嘘とか不正とかが凄く嫌いだから、嫌われちゃう……!」
どっちみち、彼女に嘘つくことになるんだが、そのことに気付いていないんだろうか?
まぁ、本人たちの問題だし、美咲の意思を尊重するが……。
「それじゃあ、うまくやってくれ。そろそろお腹も限界だし、食べていいか?」
「あっ……! んっ、どうぞ召し上がってください」
俺が弁当箱を見せると、美咲は笑顔で頷いてくれた。
ゆっくりと弁当箱を開けると――そこには、フワフワと柔らかそうな玉子焼きに、狐色に揚がったジューシーなからあげ。
他にも、ほうれん草のナムルを始めとした色とりどりの野菜や、ハンバーグが入っていた。
「最初だから、無難な感じにまとめてみたんだけど……どう、かな……?」
弁当の中身を見つめていると、美咲が上目遣いで聞いてきた。
作った本人としては気になるんだろう。
「どうもこうも……凄く綺麗に入れてあるなぁ……。全部手作りなのか?」
「うん、そうだよ。ハンバーグとからあげは、昨日仕込みをして、今日仕上げたんだけど」
「凄いなぁ……」
俺も普段料理するのでわかる。
オーソドックスなおかずでも、俺が作るのとは見栄えが全然違い、見た目だけで彼女の料理の腕前が高いことを思い知らされた。
とてもいい匂いがするし、おいしそうな見た目のせいで期待が膨れ上がってしまう。
「それじゃあ、頂きます」
手を合わせて定番の挨拶をすると、箸をおかずに伸ばし――
「あっ、待って……!」
――たところで、お預けを喰らってしまった。
まだ食べたら駄目なのか……!?
「今度は何……?」
「そ、そんなに怒らなくても……」
「いや、怒ってはいないけど……。腹が空いている状態で、こんなにもおいしそうなものを前にして、お預けを喰らうのは結構きついぞ……?」
決して、怒ってはいない。
ちょっと引っ張られすぎて、機嫌が悪くなっているだけだ。
「おいしそう……えへへ……」
しかし、彼女は俺の話を聞いていなかったのか、照れくさそうに笑い始めた。
なんのために止められたんだ?
「なんで食べたら駄目なんだ……?」
「あっ、えっと……私が食べさせたくて……」
「…………」
顔を赤く染め、潤った瞳でとんでもないことを言ってくる美咲。
これ、勘違いされても文句言えないぞ……?
「さすがに、その必要はないだろ……?」
「でも、誰か見てるかもしれないし……。手を繋いだりするよりも恥ずかしくなくて、恋人っぽく見せられると思わない……?」
恥ずかしいの基準は、人それぞれなのだろう。
俺は手を繋ぐよりも、あ~んをするほうが恥ずかしい。
「拒否権は?」
「もちろん、あるけど……できれば、させて頂けると……」
彼女的にはこれが決定打になるとでも思っているのか、なるべくやりたいらしい。
小動物のように縋る表情をされると、断りづらいじゃないか。
「……俺が食べさせるだけなら、百歩譲っていいけど」
「こういう場合、食べさせ合いっこするんじゃ……?」
どうだろう?
したことがないし、されたこともないからわからない。
恋愛漫画も読まないし……。
「いったん、俺から食べさせるだけにしてくれ。それでまずそうだったら、次から食べさせ合いっこするということで」
やっぱり食べさせられるのは恥ずかしい俺は、そこで線引きをすることにした。
もし、俺から食べさせることしかしていないのが理由で、疑われ始めることがあれば、その時は覚悟を決めよう。
「それじゃあ、私は来斗君が食べ終わるのを待っておくね」
「いや、先に食べさせるよ」
「えっ、でも……」
「俺が我が儘を言ったんだから、美咲のことを優先させてくれ」
とはいえ、このご馳走を前にしてお預けは辛いが……。
恥ずかしい思いをするくらいなら、我慢しよう。
「我が儘は、私が言ったんだよ……?」
「美咲が言っているのは、当然の権利だから我が儘じゃない。美咲が言っていることも含め、偽カップルだろ?」
彼女が要求したのは、偽カップルの範疇だ。
それを我が儘ということにするのは、いくらなんでも可哀想だろう。
「やっぱり、来斗君は優しいね……」
「そんなことはないってば。とりあえず、何から食べたい?」
「それじゃあ、ほうれん草のナムルでお願いします」
まずは野菜から食べる、ということなのだろう。
俺は要望通りほうれん草のナムルを箸で摘まみ、美咲の口へと近付ける。
「あ~ん」
美咲は、雛鳥のように小さな口で、俺がおかずを入れるのを待つ。
頬はほんのり赤く染まっているので、やっぱり恥ずかしいという気持ちはあるようだ。
逆に俺は、普段心愛に食べさせているせいか、彼女が心愛と重なってしまった。
――そう、親鳥が雛鳥にエサをあげているような気分になったのだ。
やっぱり、食べさせるほうはそんなに恥ずかしくない。
俺はそのまま、ゆっくりと美咲に食べさせていくのだった。
なお、美咲に食べさせた後はちゃんと俺も弁当を頂き、その味は期待を大きく上回るものだったので、とても満足なものだった。
話が面白い、美咲がかわいいと思って頂けましたら、
評価やブックマーク登録をして頂けますと幸いです(≧◇≦)