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烙印

〈注意〉暗めの展開有

 とある日の23時。布団に転がってインスタを見ていると

「シーリングスタンプの無料の体験会のお知らせ」を見つけた。雑貨屋pieni。あの店からだ。

 

そういえばシーリングスタンプ、入荷するって言ってたな。明日、写真を撮りに行く日だしその話になるかも。


#シーリングスタンプ

#無料

#お気軽にご参加ください


 とタグがついているせいか、もう沢山いいねがついている。

 もしかしたら当日は珍しく人が多くて盛況かもしれない。その場合、人が多いのが苦手な私は行けない。


 さらにスクロールしていると、懐かしいアイコンが緑に光っているのに気がついた。中を覗くとかつてのバイト仲間のストーリーだった。

 恋人といちゃいちゃ撮影していて微笑ましい。


 旧友の顔を見ていると、彼女たちと闘った勤務日の記憶が脳裏に溢れ出しそうになった。やばい。よくない。慌ててスマホを放り出し、目を閉じた。



 

 「何度やったらできるんだ」


 先輩の怒声が聞こえた気がした。レジの列に並ぶ人々の視線。小銭を数える指が震える。腹部がずきずきと痛み胃酸が迫り上がってくる。

 ああ、また違算を出した。何度やっても合わない金額。それが接客中のミスなのか、たった今計算が合っていないのかも自分には分からない。


 

 目が覚めた。額も体も汗をぐっしょりかいていた。頭が重いし寝た気がしない。嫌な記憶だった。

 学生生活では割と何でも「出来る側」の人間だった私がバイトでは基本のレジでつまづくなんて思っていなかった。


 ああ、もうこれについて考えるのはやめよう。

 思考を放棄して朝ごはんを食べに布団を出る。

 今日は雑貨店に写真を撮りに行く日だ。


 何かいいことがあるといいな。

 

***


 白い壁に緑のアイビーが映えるいつものお店。


「汐谷さん……!」

 

 店内に人影が見えて名前を呼ぶ。

 中からひょこりと若い女性が現れた。汐谷さんと同じ灰色のエプロンをしている。誰。


「いらっしゃいませ。店主をお呼びしますね。どのようなご用件でしょうか」


 スタッフのようだ。いつから勤務しているのだろうか。今まで気が付かなかった。


「写真を……」


「ああ、橘様ですね!聞いております。失礼いたしました」


 スタッフは奥に彼を呼びに行ったようだった。


 見渡してみたが他にスタッフはいない。狭い店に、彼女と汐谷さんの2人だけ。なんだか心の奥がもやもやする。


 これまで、あまり客の来ない店に私が呼ばれて2人だけの空間で和気藹々と写真を撮っていたのに。


 毎日その女性と2人で働いているのだろうか。別の日は他のスタッフがいるのだろうか。なんとなく無意識に後者を願っていた。


 呼ばれて彼が奥から出てきた。


「今日も来てくださりありがとうございます」


「そちらのスタッフさん、初めましてでびっくりしました。お一人だけなんですか?」


「シーリングスタンプの体験会の予約に人が殺到してしまって。当日僕1人じゃ捌き切れないので水野さんに入ってもらうんです」


 彼の努力の結晶のこだわりの小さな店に、女性の若いスタッフが1人だけ。


 何を基準に選ばれたのだろうか。黒いもやが止まらない。


 私も、この雑貨屋で働きたかったのかもしれない。図々しいことに写真を撮るだけではなくてその被写体の商品を彼と売りたかったらしい。


 たしかに、私はレジの操作でパニックになるし接客で緊張してしまうが、汐谷さんはそれを知るはずもない。

 少し無理して頑張れば多分私だってできる


 一言声をかけてさえくれれば。


「今日、元気ないですね。体調良くないですか?」


 汐谷さんがじっと見てくる。それに対して無理やり笑顔を作る。


「大丈夫です!最近気温の変化についていけていけないだけです!」


 彼が微笑んだ。


「汐谷さん!」


 女性スタッフが彼を呼んだ。そしてレジの奥で2人が私には分かりようもない商品についての相談話を始めた。


 自ずとと口角が下がる。


 たった1人の女性スタッフ、どうやって選んだんだろう。私には、彼の隣に立つことはできない、と宣言されているようだった。


 本当の悪夢はここからだった。


 相談事のあと、汐谷さんがお手洗いに立ち、女性スタッフと2人きりになった。気まずい沈黙の中、彼女が口を開いた。


「日中来てくださってますけど、普段何されてるんですか?」


 私の半径1mの空気が凍りつく。


 何……してるんだろう。私、今まで何してきたんだろう。一丁前に写真家気取って、 汐谷さんに良くしてもらって浮かれて。本当はまるで何も成してないのに。


 「あ……すみません。お仕事見つかるように応援しています!」


 スタッフは愛想笑いを浮かべた。


 心をゼロにして写真を撮り、汐谷さんとろくに話もせず家へ帰る。


 自分のような繊細な人間は著しく気分が落ち込むと立ち戻れなくなる。


 布団に潜ると心がずんと重たくて、涙も出なかった。

 私は布団の中で貝のように固く心を閉じた。

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