居酒屋
平日の昼間、町を散歩していると、社会の流れに置いていかれてる気分になる。忙しなく、みんなが社会を動かしているその中で、私だけが立ち止まっている。
自動車が走って 運転する人がいて、コンビニで働く人がいて、ほとんどの建物で誰かしらが働いてる。
でも私はそうじゃない。
働きたいけど、働けない。まだ心が故障中で、特性も合わさって何をしても上手くいかない。
だけど、あの雑貨屋に行くと、汐谷さんが微笑んで迎えてくれて、私はここにいていいんだって思う。
時々、商品の写真撮影をお願いされて、写真を撮るとお礼をくれる。
何か小さな仕事を成し遂げたような、雑貨店における些細な役割をさせてもらっているような気がする。
その店に着いた。彼は店先のアイビーに水やりをしていた。
「橘さん」
汐谷さんは陽だまりみたいな笑顔を向けてきた。
「今日は、元気ですか?」
「なんとか」
「それは良かった」
微笑みが濃くなる。
「良かったら、今日いつものお礼も兼ねて一杯呑みに行きませんか。奢らせてください」
汐谷さんが、のほほんと言った。
「お客さんが来なさそうだったら早めに店を閉めますね。少しだけ待っていて下さい」
***
平日夜の居酒屋は90年代の陽気な歌謡曲が流され、定時で終わった客の声で活気づいている。
「騒がしいの苦手だったりします?個室にします?」
私は小さく頷いた。
汐谷さんがハイボールを、私は処方薬と酒の飲み合わせが悪いのもあってノンアルのカシスオレンジを頼む。
私はその時々の空間の空気に影響されやすい。誰かが怒られていると私も傷つくし、みんなが楽しそうにしていると私もふわふわする。なので呑まなくても空気に酔ってしまうタイプである。
「今日もお疲れ様でした」
グラスとグラスを合わせ、一口くちに含む。舌の上で炭酸がぱちぱちと弾けた。ああ、もう酔ってきた気がする。アルコール入ってないのに。
「お店はどうですか?」
「はい、少しお客さんが増えてきました。といっても3、4人ですけど。オープンした時は本当に誰もいなかったので」
そうだったのか。私はいつも通りかかる程度だったので知らなかった。
「橘さんは、最近どうですか?」
「……っ、」
言葉に詰まる。
最近も何も、私はずっと何もしてない。
「私、働いてないんです」
「不器用で、上手く働くことができなくて、レジですら少しつまづいて……そんな人間なんです。色んな仕事試してみたけど、私は仕事に能力を合わせられなかった。こんな私が、本当になんで生きてるんだろう」
涙が溢れてきた。
泣いても汐谷さんを困らせるだけなのに。止めなきゃ。泣くの堪えなきゃ。そう思うのに後から後からこぼれてくる。
「苦手があるところも写真が得意なところも、全部ひっくるめて麻緒さんの長所です。僕は全部好きだし、まるごと受け止めたい」
……ぐすっ……
なんかいいこと言われた気がする。でも鼻が詰まって酸素が頭にまわらなくて、正直あまり聞こえなかった。
「ありがとうございます」
なんか慰めてくれた気がするからお礼言わなきゃ。
汐谷さんはにこりと笑った。
我ながら自分は面倒臭い奴だと思う。体調が安定しないし、すぐヘラるし。でも汐谷さんは包み込むような優しさをくれる。一緒にいると少しメンタルが落ち着く。
最初はイケメンだし、怖いと思っていた。でも、最近彼といると、もっと違う感じがする。なんと形容すればいいのだろう。上手く言えない。
沢山話を聞いてもらって、沢山考えて。そしてうとうとしてきて。
気が付いたら朝だった。自分の部屋に一人。あれ、私、どうやって帰ってきたんだろう……。