店へ
「こんにちは。改めまして 汐谷 凪 と申します。来てくださって本当にありがとうございます」
午後。ゆっくり起きて依頼された写真を撮りに雑貨屋に行くと、店主に出迎えられた。
「橘 麻緒です。よろしくお願いします」
お辞儀して頭を上げるとその優しげな目と目が合った。
撮影について話を聞く間、初めてその男性、汐谷さんをまじまじと見ることになる。
暗い焦茶の髪に、猫のような人を惹きつける目。長身で白いシャツにグレーのエプロンが映えていた。
そして店内を見渡してみる。落ち着いて店を見るのも初めてだ。
店内は白い壁で、明るい色の木の棚に所せましと雑貨が詰まっている。自然を題材にしたおとぎ話の中に入ったようだ。店も商品も、こだわり抜かれているのを感じた。
今回の撮影は、概ね私に任されている。汐谷さんはカメラや撮影について疎いらしいからだ。
通販では一般的に、白背景で商品を撮影することが多いらしいが今回は店舗の雰囲気を活かし、店の中を背景に撮影することにした。
今日撮影する商品は、はりねずみの人形とマトリョーシカの小物入れだ。はりねずみは、たわしの素材でできており、小物入れは陶器製で真ん中が、ぱかりと開くようになっている。
店内の照明がよく当たる、棚の上に被写体を乗せる。商品の準備ができるとカメラの調整を始めた。
実はこのカメラは祖父から譲り受けた一眼レフである。シャッタースピードを合わせ、感度や絞りを調節。最後にホワイトバランスを設定する。
カシャリ、と一枚試しに撮ってみる。光の加減が納得いかない。試行錯誤する様子を、汐谷さんが遠巻きに見ているようだった。
設定し直して、もう一枚。辺りに緊張が走るようだ。
「ふっ、クシャン」
私の肩が跳ねてシャッターを押す指がびくりと震えた。
汐谷さんのくしゃみだった。
「あ……すみません」
申し訳なさに肩をすぼめている。
「いえ。大丈夫です」
その一瞬で空気が緩み、心なしか気分が楽になった気がした。それを弾みに何枚か撮って、彼に写真の映った画面を見せた。
「麻緒さん、神です!本当に撮影がお上手です!」
明るい声に安堵する。思っていた数倍は反応が良かった。写真を気に入ったらしく、あっさりと撮影は終わった。
汐谷さんは、カメラマン代の謝礼とアヒージョの缶詰をくれた。
店を出ると、茜色の空に金星が見えていた。
振り返ってみると、いい体験をした気がする。自分の好きなカメラで、人の役に立つことができたのだ。なんだか清々しい気分だった。
それから一週間後。インスタに写真がアップされたらしく、改めてお礼のメッセージが来た。
「先日は本当にありがとうございました。写真を掲載したところ、店舗のプロフィールのアクセス数が以前より増えました。橘さんのお陰です」
アカウントを見に行くと写真の説明に「撮影:mao_1107 様」の 記載があった。なんだか誇らしい。また、少しずつ進歩していくお店に、愛着のようなものを感じ始めていた。そうそう、それに缶詰のアヒージョも美味しかったし。
「また今度、お写真をお願いしてもいいですか?」
こんな自分が必要とされている。
メッセージの最後の一文に、あまり深く考えずに許諾のスタンプを押した。