正体
「なにか、温かい飲み物淹れてきますね。キッチン使います」
いつしか、休日や体調の悪い日には汐谷さんが隣にいるようになった。
今日も、私の家で雑貨屋や私個人の写真を眺めながら2人で寛いでいる。
「ちょっと待ってて下さいね」
彼が紅茶を淹れてくれている間、私は自分が過去に撮った写真を遡っていた。
「懐かしいな……」
私がインスタを始めた10年前に撮った写真だ。
まだ一眼レフの扱いに慣れておらず初心者感のあるものが多い。学生で、心もまだ健康だった頃だ。
何気なくいいね欄を見た。DMなどでは話したことのないフォロワーさんたちがコメントを残してくれている。
その中に見覚えのある名前とアイコンを見つけた。
いいね!: @shioya_nagi、他
凪さん? なんでこんなところに。10年前まで遡って見てくれていたのだろうか。私、写真沢山アップしているのに。申し訳ないな。
「どうしたの?」
彼がカップを手に戻ってくる。
「凪さんが写真をすごく見てくれてるなぁって……」
言いかけた言葉はそこでたち消えた。
その写真のコメント欄を見たからだった。
『shioya_nagi お写真いつも素敵ですね。今後の写真も楽しみにしています 2014年11月4日』
私の写真に、2014年にコメントしてる……?今年になってから初めて出会ったはずの凪さんが?
何が起こっているのか理解できなかった。ひょっとしたら心が理解するのを受け付けなかったのかもしれない。
「顔色悪いよ? 何かあったの?」
彼は心配そうに私の顔を覗き込んだ。それから、私の手元のスマホに視線を落とした。
「凪さんは、ずっと私のこと知っていたの……?」
彼の顔色は変わらなかった。ただ、ひとつ息をついた。
「ごめん……君のこと知ってた。インスタで」
「いつから……?」
「……10年前から」
「君に会いたかったんだ。ずっと。インスタの写真を見てきて、君がどんな人で、どんな生活をしてきたのか想像してた。そしたら、会いたく……なって、しまいました」
顔が僅かに歪んだようだった。
「こんな素敵な写真撮る人は、どんな人なんだろうって……。きっと素敵な感性の人なんだ、って」
耳は真っ赤だった。
「君に会うためだけに、この街に来た。オーナーやってる雑貨店をここに出店させることに決めたんだ」
怖くない。怖くなんかない。だって今、私が好きな人だから。でも私の腕は震えていた。
10年前から私のことをインスタで知っていたらしい彼が、じわじわ距離を詰めてきて、気がつけば隣にいる。
例えこれが恐怖という感情だったとして、私はどうすればいいだろう。
彼は私のことを何もかもわかっていて、優しい言葉をかけてくれて、心を支えてくれる。彼のおかげで写真を撮り続け、前を向くことができた。それどころか、彼に精神も身体もぐずぐずに溶かされて甘やかされている。
彼がいないと、私はもう生きられない。
「君が、どうしようもなく好きだったんだ」
自然な動作で距離を詰められ、きつく抱きすくめられた。噛み付くようなキス。舌が絡みぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
彼に口内を犯されながら器用に胸元のボタンを外された。
「君を大事にしたいって思ってた。傷一つつけたくないって。でも、本当は君の何もかもを僕のものにしたいんだ。沢山跡をつけて。俺の色で汚して。めちゃくちゃにしたい。して、いいかな?……いいよね?君が怖がって僕から離れていく前に俺のものにする」
性急に服を暴かれる。抵抗する前に顕になった首筋に歯を立てられた。鋭い痛みが身体を貫く。独占の印が赤く濃く残った。消えないように強く。消えたらまた上書きされる。
首の痕は消えない。彼の執着が終わるまで。そして、その執着は決して終わることはない。
「一生離さない。死んでも離さない。何もかも治らないで、一生僕のそばにいればいい」
彼からはもう、離れられない。




