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ルピナスの青い花が群生して咲く丘の事を、みんなはルピナスの丘と呼んで、子供や恋人たちの憩いの場所となっている。
ここからは王都を一望できるため、人気のデートスポットとなっているのだった。
「今は花が見頃なようですよ?」
護衛の兵士の言葉を聞いた私は、カフェでボッタス伯爵と別れた後に、御者へルピナスの丘へ行くように命じたのだった。
王城は王都の北西に位置する丘の上にあるため、王都を見下ろすような形で白亜の城が聳えて見える。小高い丘に囲まれた広大な王都の中心地は王城広場と呼ばれるところで、巨大な噴水と露天が並ぶレンガ敷きの広場あって、丘から見ると、レンガの模様が王家の紋章を描いている様がよく見える。
私が毎回ギロチンを受けるのがこの王城広場であり、王都中の住民が私に罵声を浴びせるために詰めかけてくるのだった。
記憶が戻ってから一度として王城広場には足を踏み入れていない、自分が殺された場所に出向くのが怖かったからだ。
王城広場に行く事が出来ない私はルピナスの丘から眺めるだけ、市民の憩いの場となっている今の様子と、あの狂気の舞台とが頭の中で重なっていく。
「イスヤラ、命乞いをするなら今しかないぞ?自分が犯した罪を認めるのなら!助けてやるという事も考えてやる!」
雨のように降り注ぐ石礫、王家に用意された席で、偉そうに足を組んで座りながらアルヴァ殿下が居丈高に声をあげる。
「まあ!なんて慈悲深いのかしら!」
「元婚約者に情けの言葉をかけるだなんて!」
彼の心の中に慈悲なんか欠片すらない。いつの時でも、隣に座るアリサと笑顔を浮かべながら、首が切り飛ばされていくのを見ているのだから。
「はっ・・うわっ・・え・・!なっ!・・・これって何度目だよ!」
今回の巻き戻りで、真っ青な顔で首を撫で回す殿下の姿を見て、ああ、殿下も首を切られたのだと気がついて、焼けつくような喜びが胸の中に広がった。
誰が殺したの?誰が刑を命じたの?ハハハ、ざまあみやがれ、お前もこれで私の気持ちの欠片程度でも理解することが出来ただろう。
まあ、貴方の場合は首を切り落とされる程の罪があっての事で、冤罪の私とは立場が違うかもしれないけれど。
「ギロチン刑はなにも生み出しません。罪を犯した人に与える罰は必ずしも死を賜るものではなく、自身の反省と更生を促すものであっても良いのではないでしょうか?」
戦の褒賞の代わりに侯爵夫人の助命を願い出た殿下の言葉に、集まった大人たちは驚き、目を見開いた。罪に対して死を賜るよりも、反省と更生への道を示すべきだと。
冤罪で私を陥れたくせに、貴方自身が冤罪で私の事を陥れたくせに。
所詮は綺麗事だと、結局いつも嘘をついて陥れるのはお前じゃないかと、そう言ってやりたいのに喉から先に声が出て行こうとしない。
だって、目の前の殿下はいつもの殿下とは違うから。
高慢ちきで、みんなから甘やかされて育った美しい王子は、私の方などちらりとも見もせずに、友人たちと駆けて何処かに行ってしまう。その背中を見ているだけだったのに、
「イスヤラ、今日はブルーアスターの花束を持ってきたんだ」
ブルーアスターの花言葉は私を信じてください。
「今日はアネモネの花束だよ」
アネモネの花言葉は希望、デイジーは平和、カルミアは大きな希望、ピンポンマムは私を信じて、すずらんは幸福の再来、ブルースターは信じ合う心、白いダリアは感謝、そして誕生日に送られる青い薔薇の花言葉は、夢は叶う。
残酷な現実を何度も何度も繰り返してきた殿下の瞳は、以前の殿下と同じものではなくなっていた。それでも、信じてくれと訴える殿下の瞳に、私は応えることが出来ない。
何度もこの丘の上に立って、王城広場を見下ろしながら思いを馳せる。
「お嬢様、そろそろ」
「ええ、イリヤ、もう帰りましょう」
ルピナスの花に囲まれながらいつまでも王都の街を見下ろしていた私が馬車へと戻ると、馬が動き出す前に大きな衝撃を受けて床に尻餅をついた。
何かが馬車に当たって横転し、体をあちこち打ち付けながらイリヤが悲鳴をあげる。
「おい!おい!上玉が二人も揃っていやがるぜ!」
馬車の扉を開けたのは護衛の兵士ではなく、ひどく垢じみた男たちで、引きずられるようにして外に連れ出された私たちはそのまま目隠しをされて運ばれて、何処かの家の床下へと押し込められてしまったのだった。
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