09話 深淵のブラックドラゴン
ブラックドラゴンが相手では、スキルの効果は期待できそうにない。
だがスキルが有効か否かだけは、確かめておく必要がある。
その為、俺は《隠密》や《消音》を使用した状態で近寄っていく。
距離が近くなる程に、禍々しい気配が段々と強くなっていった。
「嫌な感じだ」
そう思ってしまうのは、何かしらのデバフ効果を受けているからだろうか。
「今の俺って……正常だよな?」
冒険者カードを確認しても、状態異常の表示は一切無かった。
嫌な気配はするが、身体への直接の影響は無いんだろう。
それはそれとして、
――なんてデカいんだ。
遠目からでも分かる巨大な姿だった。
尻尾を除いても全長が20m程もありそうだ。
闇の王者としての風格があり、寝ている今の状態でさえも恐ろしい。
あれが立ち上がってきたら、大概の人間は恐慌をきたすだろう。
できる限りそっとしておきたい相手でもある。だが、
「そうも言ってられないか」
無意識のうちに震えてしまう膝を叱咤して、俺は歩みを進める。
残り約30m程の距離まで近付いた時、ブラックドラゴンは首をもたげてこちらを見た。
俺の存在に気付いているのは明らかだ。
――そりゃそうだろうな。
ブラックドラゴンを相手に、盗賊のスキルが通用するとは思っていない。
「尋ねたい事がある!」
声を張り上げた。
話が通じるかは怪しいが、相手は伝説のブラックドラゴンだ。
もしかしたら、何らかの方法で意思疎通が図れるかもしれない。
するとブラックドラゴンは牙の生え揃った口を開けた。
喉奥に火が灯った瞬間、
ゴオォ――――――――――ッ!
燃え盛るブレスを吐いてきた。
問答無用で攻撃される事も予想していた俺は、冷静にカウンターで跳ね返す。
炎のブレスは凄まじい勢いでブラックドラゴンへと向かっていった。
「効いてない……か」
何事も無かったかのように、のっそりと起き上がってきた。
そして俺の方へと向かって、地を揺らしながら歩き始める。
その足取りはふらつくこともなく、しっかりとしていた。
倍以上の威力で炎のブレスを返したはずだが、おそらくノーダメージだ。
――炎耐性が高いのか?
ドラゴンの鱗には様々な特殊効果があると伝えられている。
そのことが関係しているのかもしれない。
色々と考えていると、近距離まで来たブラックドラゴンが立ち止まる。
見上げるような巨躯だ。
『ガァアアアアア――ッ!』
耳をつんざく脅しの咆哮。
俺は下っ腹に力を入れて、その場に踏み止まった。
ブラックドラゴンは獲物を見定めるかの如く、俺をじっと見つめてくる。
真っ赤に染まった三角の眼。
その眼や表情筋からは、思考を読むことは出来ない。
ヒュッ!
ノーモーションでの唐突な攻撃。
「はぁあああああ!」
右前脚で仕掛けてきた攻撃をカウンターで弾き返す。
ガキンと硬質な音が響いただけで、ブラックドラゴンはよろめきもしない。
――これも効かないのかっ!?
驚愕している間にも、両前脚を使っての凶暴な連続攻撃が来る。
「オラァアア!」
2本のダガ―でそれぞれの攻撃を跳ね返す。
ブラックドラゴンの赤い眼が、チロチロと燃えるように瞬いた。
――喜んでいる?
邪悪な笑みを浮かべているように感じた。
「まさか、そんなはずないか」
――どうする?
考えてはみたが、選べる選択肢なんて無かった。
スキルで隠れることも出来ないのなら、俺がこいつから逃げ切ることは不可能だ。
飽きてくれることを祈って、このまま付き合い続けるしかない。
「やってやるよ!」
――ギリギリの戦いこそ俺が望んだことだ。
そう覚悟を決めて、無謀とも思える戦いに身を投じていった。
△
ブラックドラゴンの攻撃はバリエーションが少ない代わりに、それを補って余りあるパワーとスピードがあった。
踏みつけ、喰い千切り、叩き付け、圧し潰し、炎のブレス、毒のブレス。
どれも即死級の攻撃だったが、圧倒されつつも紙一重で攻撃を捌いていった。
ここの魔物が相手なら、多少ミスっても生き残れる可能性はある。
だがブラックドラゴンが相手では、ほんの些細なミスでも確実に死ぬ。
そんな極限の状況が、俺の精神を少しずつ蝕んでいった。
そして丸一日と言っていい程の時間、俺は気を張って戦い続け、
「はぁあああああああ――ッ!」
ギィンッ!
尾の一撃を跳ね返し、仁王立ちで奴を睨み付けた。
強気とは裏腹に、俺の体力には限界が見えてきたが、
――なんだ?
奴が不意に口角を上げた。
それが戦闘終了の合図だと気付くのに、さして時間は掛からなかった。
俺に向かって、唐突に話し掛けてきたからだ。