08話 魔物達の異変
最下層フロアに落とされてから、1年以上戦い続けた。
今では豪炎蜥蜴を挑発して豪炎のブレスを吐かせ、食肉を狙い通りに焼いたりも出来るようになった。
そんな感じで、食事に対しても気を回せる状況となっている。
精神的な余裕があるからこそ可能なわけだが……。
「良くない傾向だな」
余裕があるという事は、限界に挑戦していないのと同じだ。
つまりは修練の手抜きに等しい。
そのせいか、最近では実力が伸び悩んでいる気さえしてくる。
「死と隣り合わせだった頃が懐かしい」
――このままでいいのか?
ふと、物思いにふける時間が増えた。
しかし現実問題として、本気でやろうにも魔物の復活ペースが間に合っていない。
俺が全力で戦い続けたら、あっという間に戦闘が終わってしまう。
――おかしな話だ。
1年前は、際限なく湧いてくる魔物に対して絶望を感じていた。
それが今では、魔物の少なさに対して苦慮しているんだからな。
「《潜入情報》」
最下層フロアと巣穴の魔物総数を確認した。
約2500体と、ほぼMAXに近い状態となっている。
基本的には3日も経てば、倒して減った魔物は上限近くまで数が戻る。
半年前までなら、それで何の問題もなかったが。
慣れて長時間戦えるようになった事で、こんな問題が発覚してしまった。
「はぁ」
俺は欠伸をしながら伸びをする。
「やっと魔物が出てきたか。8日ぶりだな」
魔物を倒し続けて総数を減らし過ぎると、巣穴の前に守護成獣が現れる。
そうなると、巣穴が7~9日程度封鎖されてしまうんだ。
封鎖中は魔物の供給も一切止まる。
何らかの保護機能(魔物の絶滅防止?)が働いているんだろう。
俺はそれに引っ掛からないように、適度なペースで戦わなければいけない。
上達していく腕前と反比例して、魔物との戦闘時間は減っていくばかりだ。
問題は他にもある。
最近の魔物は、何故か積極的に攻めてこない。
俺を遠巻きに見ているだけの時が多々ある。
例えば、こうやって無防備状態で近寄って行っても無反応だったり――
「なっ!?」
体長1m近い黒曜蜘蛛の群れが逃げていった。
「嘘だろ?」
無視されることはあっても、逃げられたのは初めてだ。
――どういうことだ?
俺は周囲の様子を見ながら、魔物の集団へと近付いていった。
戦う前提なので《隠密》は使っていない。
「おいっ!」
大声で叫ぶ。
先日までなら、こんな感じで挑発すれば何体かは攻撃を仕掛けてきたが、
――何故だ?
魔物は攻めてくる様子がない。
それどころか、むしろ怯えているようにも見える。
「《身代り》」
数十体の囮を広範囲に出現させた。
前回は喜んで餌に喰いついてきたが、
『――!?』
魔物達は蜘蛛の子を散らすように散開した。
阿鼻叫喚の状態だった。
俺からも囮からも逃げるように、叫びながら全速で遠ざかっていく。
「何が起こっているんだ?」
訳が分からず途方に暮れてしまった。
△
「冒険者カードは……正常だな」
取り出して眺めてみた。
何かの状態異常に掛かっているわけでもなさそうだ。
「まさか魔物が逃げるなんてな」
俺の攻撃手段は、相手の攻撃を受けることで成り立つカウンターだけだ。
こちらからの攻撃は、制約によって見えない壁に阻まれてしまう。
ダガ―で斬りつけようが、投石しようが、拳で殴り掛かろうが、俺の攻撃が相手に届くことはない。
つまり相手に逃げられれば、どうしようもないという事でもある。
戦意を喪失した敵とは戦えない。
それがカウンターの特徴の一つだ。
「そろそろ潮時かもな」
――いっそ次の段階を目指してみるか?
しばらく黙って悩んでいたが、
「そうだな。行ってみるか」
挑戦することにした。
「手温い修練はもう終わりだ」
このダンジョンの主であるブラックドラゴンの元へと向かって、俺は歩を進めていった。