41話 嵐の前
「理解出来たのなら、君達は大人しくしていてくれたまえ」
「何故、そのような非道な真似ができますの……」
ティリアは辛そうに言葉を零した。
「世を正す為には仕方が無いのだよ」
「お前等クズの性根こそ正すべきだろうが」
ダガ―を握り締めると、憎しみがどんどん溢れ出てくる。
「ライル君。今は抑えてくれ」
クリフさんは俺の肩に手を置いて、前へと進み出る。
「貴方は国王なのだろう? 自国の民を犠牲にされるおつもりか?」
「覇道に犠牲はつきものだ」
その目は何の感情も映していない。
自分が間違っているとは露ほども思っていない顔だ。
「我が国が推し進めてきた研究は露見する。さすれば周辺諸国がいずれ攻め入って来るであろうよ。我等には、もはや退路などないのだ。神の誕生に失敗すれば、破滅の道が待つのみだ」
国王は薄く笑った。
「その際には、国の主だった街に火を放つ手筈となっておるがな」
「馬鹿な……失敗すれば全てを道連れにすると?」
「他国の盗人共に、むざむざくれてやる必要などあるまい」
「だから全てを燃やすのか?」
湧き上がる怒りを抑えられなかった。
「クズ野郎が!」
我慢ならずに俺は言葉を吐き捨てる。
「貴様っ!」
「よい。控えよ」
いきり立つ近衛を国王が止めると、シュナイザーが姿を見せた。
「ライルッ!!」
その憤怒の形相を見た事で、俺の留飲も幾分下がる。
どうにか冷静になれそうだ。
「誰かと思えば雑魚の聖騎士か」
「雑用如きが生意気な口ききやがって!」
「雑用は昔の話だろ。お前は、目の前にいる相手の実力すら分からないのか?」
「上から物言ってんじゃねーよ!」
不意打ちも通じずに腕を斬り飛ばされたなら、力の差を嫌でも実感しそうなものだが。
「俺の実力が分からないなら、次は腕じゃなく首を飛ばしてやろうか?」
「おやおや。それは困るねぇライル。そんな事をされたら、うっかり辺境の街を滅ぼしてしまうかもしれないよ?」
ダンログの脅しを聞いたシュナイザーは、その口元が邪悪に歪む。
「へへっ。という訳だ。動くなよライル? 俺がすぐに殺してやるからよ」
「黙れ」
「あ?」
「俺は『殺されてやる』なんて言った覚えはない」
「いいのかよ? 街が滅びる事になるぜ?」
「俺達が死んだら、お前等は世界を巻き込んで戦争を始めるんだろ? だったら、ここで俺達が殺されて辺境の街だけを守っても無意味だ」
シュナイザーは息をのむ。
「履き違えるなよ。俺達は黙って見ててやるだけだ。命拾いしてるのはお前等の方だって事を忘れるな」
手を出さずに傍観するのが、俺達が譲歩できるラインだ。
クリフさんもティリアも「仕方ない」と言った顔をしている。
当初の予定とは違ってしまったが、国中の街を盾に取られてる今は様子を見るのが得策だろう。
「お前等が俺達に危害を加えようとするなら、全力で反撃させてもらう。分かったな?」
シュナイザーは何も言わずに引き下がった。
△
2日が過ぎた。
ここは宿屋の一室で、部屋にはクリフさんが結界を張っている。
兵士や騎士が、瓦礫の周囲をうろついているのを眺めるだけの毎日だ。
無人となった宿屋には従業員がいない。
後日料金支払いと事情説明をすれば、どうにか納得はしてもらえるだろう。
「止められなかったね。もっと良い方法は無かったのだろうか」
小窓を見ながら、クリフさんは難しい顔をしている。
「仕方ありませんわ。あの方達も、もう引き下がれないのでしょうし」
今回の事態が他国に伝わるのも時間の問題だろう。
禁断の研究に手を出したとして、いずれは周辺諸国が制裁に動くはずだ。
「王家は廃され、荒れた国土は他の国々に割譲されるのかもしれませんわね」
神が誕生しなければ、そういった結末を迎えそうだ。
「最善の選択をするのは難しいですわね」
俺達が選ぶべきは、辺境の街を見捨ててあいつ等を止める事だったんだろう。
だが、それは出来なかった。
「こうなってしまったからには、出来る範囲で最善を尽くすしかないね」
ティリアは「ええ」と言って耳を澄ます。
「もう間もなくですわ」
精霊達の声でも聞こえたのか、覚悟を決めた顔で言った。
「いよいよか」
俺達は宿屋を後にして、元は魔術師の塔だった場所へと向かった。




